第2話 ムササビネズミ
カルタンは、勤務初日の活躍が認められ、捕獲班に配属されました。と言っても、人手不足の王立モンスター研究所のこと。色々な仕事をかけもちです。バッド主任のもとで、飼育されているモンスターの世話も行っています。
「カルタンは、どのモンスターがお気に入りなんだ?」
バッド主任が仕事をしながら、カルタンに尋ねました。
「そうですね。ホワイトカピバラとかですかね。もふもふしてるし、丸っこいし。スリープで眠らせてから抱っこすると、温かいんですよ」
モンスターの飼育ケージに入るときは、危険がないように、事前にモンスターを眠らせることが多く、毎日の仕事で経験を積んだカルタンのスリープの魔法は、けっこう効くようになってきていました。
「そんなネズミ好きのカルタン君におすすめの捕獲依頼を持ってきたよ」
バッド主任とカルタンのところにやってきたのは、捕獲班長のメザト班長でした。
「崖の上の峡谷地帯に生息するムササビネズミの捕獲依頼だよ」
ムササビネズミは、羊ぐらいの大きさの大ネズミなのですが、ムササビのように空を飛べるのです。近年、とある魔法使いによって発見された新種で、崖の上の道を歩く旅人に、崖の壁に作った巣から飛び出して体当りし、崖に突き落とすということ以外は、詳しいことはわかっていません。ムサネズミと呼ぶ人もいます。
崖から人を突き落とす行動が、捕食行動なのか、縄張りを守るためのものなのかもわかっていません。倒した冒険者が解剖した結果報告から、主食は崖の上に生息する昆虫類や野草だと思われるので、おそらく、捕食ではなく、縄張りを守るためだと考えられています。
「研究のために、つがいを含めて、何匹か捕獲してきてほしいという要請だ」
「でも、メザト班長、ムササビネズミは捕獲方法も確立されていませんよ」
バッド主任が心配をします。
「そこはほら、研究所始まって以来の捕獲の天才、カルタン君の腕次第だね」
「えへへ、がんばります」
明らかにお世辞ですが、天才呼ばわりされて気を良くしたカルタンが、良い返事をしました。
カルタンは用具室へ行って作戦を立てます。
「まずは、崖から突き飛ばされても落っこちない対策をしないといけないな。逆にそこさえ押さえれば、危険はほとんどない」
カルタンは、魔道具の中でも高級な部類に入る「飛翔転移の首輪」をチョイスしました。この魔道具を装着すると、ごく短距離の転移を高速で繰り返すことにより、空を飛べるという超スグレモノです。もとは有名な女魔道具士が異世界から来た勇者の依頼で開発したものだそうです。
ムササビネズミの体当たりをこれで無効化します。
そして、麻痺毒入の餌か、罠檻で捕獲しようと考えました。他のネズミ系モンスターが食べる餌を見繕って用意します。
今回は、一日で片付く捕獲任務ではないので、数日間の出張です。
「そんなのはさぁ、巣穴を強襲して、煙玉を投げ込めばいいのよ」
用具室で準備をするカルタンに、反論を言い放ったのは、同じ捕獲班の紅一点、マリアでした。マリアは女性なのに、かなり強引で攻撃的な捕獲方法を得意としています。
「ムサネズミの捕獲、私も一緒に行くことになったわ」
「捕獲したらすぐ飼育が始まるんだ。どんな餌を食べるか特定しておくのは大事だろう?」
「捕まえてきてから調べれば間に合うわよ。モンスターなんだから、お腹が減れば、何でも食べるわよ」
「モンスターに対する愛がないなぁ」
「人間に害があるからモンスターなのよ。モンスターに愛をなんて飼育班の言い分は理解できないわね」
飼育班も兼任しているカルタンからすれば、ホワイトカピバラのもふもふを味わえば気持ちも変わるだろうにと思うのですが・・・
さて、カルタンとマリアの二人は、ムササビネズミの生息する峡谷地帯にやってきました。これから何日間かキャンプを張って、捕獲を試みます。食料はマジックバッグに十分に用意してきました。
カルタンはまず、ムササビネズミの巣穴を見つけるために、崖の上の道を歩いてみることにしました。マリアもついてきます。
崖からムササビネズミが飛び出してきました。ぼふっ!
カルタンが、体当たりをくらって崖の下に投げ飛ばされます。ムサネズミは、体当たりをした勢いのまま、崖下に向かって滑空して、峡谷の反対側に消えていきました。
カルタンは、飛翔転移の首輪の力で、空中を飛び、崖の上に戻ってきました。
「ちぇっ、あんたが吹っ飛ばされているすきに、ムサネズミに麻酔弾を打ち込んでやろうと思ったのに、意外なほど逃げ足が素早いわ」
マリアの捕獲用具は、両手に持った、麻酔銃です。もっとも発射は火薬式ではなく、風魔法を応用した空気圧によるもので、射程距離は40mほど、カルタンが使った超小型クロスボウと大差ありません。しかし、マリアはこの二丁拳銃を愛用していました。
ムサネズミが飛び出してきた崖の巣穴を空中を飛んで探してみたところ、生い茂った木に隠れた崖の壁に、羊大の体が潜り込めそうな穴が空いていました。これがムサネズミの巣なのでしょう。
「燻り出してやる」
マリアが、巣穴の中に、けむり玉を投げ込みました。巣穴の入口から白い煙がもくもくと湧いてきて、マリアは巣の出口で二丁麻酔銃を構えて待ち受けます。
しかし、ムサネズミが飛び出してきたのは、別の穴でした。巣穴は内部で広くつながっているようです。入口はひとつではなかったのです。
ぼふっ! 今度は、マリアがムサネズミに突き飛ばされました。麻酔銃を打つすきもありませんでした。ただ、マリアも飛翔転移の首輪を装着しています。大事には至らず、崖の上に飛んで戻ってきました。
「もう! どこから飛んでくるかわからないから、狙いがつけられないわ!」
「やっぱり罠作戦でいこう」
カルタンは、用意してきた餌を何種類か使って、いくつかの罠檻をしかけます。罠に入れる餌はそれぞれ別々のものにしました。どの罠に食いつくかで、使える餌を判定する考えです。
罠をしかけて、その日はキャンプを張って、待つことにしました。
「まったく悠長な捕獲手段だわ」
とは言いつつ、カルタンのテントの横に自分もテントを張ったマリアは、カルタンが作った豆のスープを美味しそうに頬張っていました。
翌朝、罠を調べに行きました。残念ながら、罠にかかっているムサネズミはいませんでした。ただし、檻の周辺には足跡が残っており、どの餌に反応したのかはわかりました。ムサネズミは餌には反応したけど、警戒心が強くて檻罠にはかからなかったようです。
「餌は、野菜くずが好みみたいだな」
「罠にはかからないみたいね」
「もっと時間をかければかかるかもしれないけどね。檻罠をやめて、麻痺餌にする手もあるし」
「そんな悠長なことをやっていられないわ。私、作戦を考えたの」
「へえ、どんな?」
「あんたが囮になって体当たりを受けている間に、私が陰から麻酔銃で狙撃するのよ」
「なんで僕が囮にならないといけないんだよ」
「だって、二人しかいないじゃない」
たしかに、日中は暇になるので、マリアの作戦を試してみることにしました。
「いい、体当たりされても、できるだけ踏ん張って、時間をかせぐのよ」
「踏ん張れって、こんな足場の悪いところで?」
「あと、両手にこの鳴子を持って、音を鳴らして、ムサネズミの気を引くのよ」
「僕が気を引かないと、自分が体当たりされるからだね」
なんだか作戦に穴がありまくりのようですが、とりあえず、マリアの指示どおり、崖の上を囮になってカルタンが歩きます。
ムサネズミが一匹飛び出してきました! ぼふっ! カルタンの腹部に体当たりします。踏ん張ろうとしたカルタンでしたが、あっという間に押し切られて崖から突き落とされました。
しかし、カルタンがちょっとはがんばったので、ムサネズミが空中に飛び立つまでに一瞬の間が生まれました。
バスッ! バスッ! マリアがそのムサネズミを狙って麻酔銃を射ちました。麻酔弾の一発がムサネズミに命中し、即効性の魔法の麻痺毒が作用して、ムサネズミがその場に倒れました。
「やったわ! 私って天才! 麻酔銃最強!」
空を飛んで戻ってきたカルタンに、マリアが自慢をします。
「どうよ? 私の作戦、大成功じゃない!?」
「たしかに一匹は捕まえたね」
カルタンはマジックバッグから出した輸送用の檻に、ムサネズミを収納しながら答えました。
「すぐに二匹目も捕まえるわよ」
しかし、今度は、ムサネズミは一匹ずつではなく、2匹以上同時に飛びかかってくるようになりました。一匹めが捕まるのを見ていて、警戒したのでしょう。2匹同時に体当たりされては、カルタンが踏ん張ろうとしても、全く刃が立ちません。ぼふぼふっとまたたく間に突き飛ばされ、崖下行きです。マリアも麻酔銃を射つ隙きが見いだせませんでした。
「思った以上に賢いモンスターみたいだな」
「くぅ・・・モンスター相手に知恵比べで負けるなんて」
マリアが悔しがります。
「やっぱり麻痺餌をしかけよう」
カルタンは、野菜くずに麻酔薬を注入して、夜の間、崖の上にしかけておきました。しかし・・・
「これもだめか、麻痺薬を注入した餌だけ、きれいに避けて食べられている。本当に知能が高いな。警戒心も強い」
ムサネズミは捕獲するのが難しい相手のようです。いったいどうやって捕まえたらよいのでしょうか?
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