モンスター飼育員

前木

第1話 大アリクイの餌

 ここは王都にあるモンスター研究所。様々なモンスターを飼育して、その生態を研究したり、討伐方法を考案したり、モンスター素材の有効利用を提案したりする機関です。


 そこで就職面接を受けている青年がいました。


「えー、名前はカルタン君だね。年は18歳と」


「はい、よろしくお願いします!」


「特技は、眠り魔法? 魔法全般ではないのかね?」


「はい、冒険者にあこがれて魔法使いに弟子入りしたのですが、魔法の才能がなくて、眠り魔法しか覚えられませんでした。でも、眠り魔法だけなら皆より上手だったと言われています」


「ふむふむ、眠り魔法は飼育員の仕事でも有用だよ。志望動機は、少しでもモンスターのそばにいたいから、か」


「はい、本当は冒険者として討伐したかったのですが、討伐ができないなら、せめて側で飼育をしたいと! モンスターの生態に興味があるんです!」


「それは素晴らしい志望動機だ。この王立モンスター研究所に入れば、毎日モンスターと触れ合って、そんじょそこらの冒険者ではかなわないほどのモンスター通になれるよ。もとは魔法使い志望だったようだけど、体力には自信がないかね?」


「戦士職は無理でしたが、盗賊職ならなれるぐらいの体力はあります!」


「ほほう、ますますいいじゃないか。採用だ!」


 カルタンは、なんともえらく簡単に、王立モンスター研究所の飼育員として採用されることになりました。


 そして、さっそく次の日から出社することとなりました。


「君が新入社員のカルタンか。俺は飼育主任のバッド。よろしくな」


「よろしくお願いします!」


「うちは万年人手不足で、モンスターの生態にはまだまだ未知な部分も多く、仕事も日々工夫の毎日だ。決まりきったルーチンワークではなく、仕事も基本、オン・ザ・ジョブ・トレーニングで教えていく。がんばってついてきてくれ」


「はい!」


「では、さっそく初日の仕事は、大アリクイの餌やりだ!」


 カルタンは、大アリクイの飼育ケージの前に案内されました。


 中には、体長1.5mほどの大アリクイが飼われていました。今はおとなしく眠っています。


「モンスターの大アリクイって、餌はアリですか?」


 カルタンが質問しました。


「普通のアリクイはアリも食べるが、動物園では、流動食を作って餌にしている。アリクイは歯がなくて、口もわずかしか開かないからな。しかし、モンスターの大アリクイは食性が全く違う!」


 飼育主任のバッドは声に力を込めました。


「モンスターの大アリクイの主食は、同じくモンスターのキラーアントだ!」


「キラーアントというと、あの、体長50cmはある大型のアリのモンスターですね!」


「そうだ! なかなか詳しいじゃないか、カルタン! 大アリクイは、生きたキラーアントを一対一で倒して食べるのだ。そのために、前足は長い鉤爪が発達し、アリの外骨格を噛み砕くための牙も大きい。そして、アリのあごは通さないほど、毛皮は丈夫なのだ」


「キラーアントを生きたまま与えないといけないんですね」


「そうだ、生きたままというのが大変なところだ。ただし、普通のアリクイと違って、一度キラーアントを食べれば、まるまる1ヶ月は何も食べないでも平気だと言われている」


「で、生き餌のキラーアントはどこに用意してあるんですか?」


「何を言っている? カルタン、お前が用意するんだよ」


「えっ? どういう意味ですか?」


「お前が捕まえてくるんだよ」


「ええーーー! そんなの無理ですよ!」


「カルタンは、眠り魔法が得意だそうじゃないか。眠り魔法でキラーアントを眠らせればイチコロじゃないか。それに研究所から、生き餌捕獲用の魔道具も色々と支給される。道具を駆使して、生き餌を捕まえるんだ。それが飼育員の第一歩だ!」


「うっそ。冒険者は無理そうだから飼育員を選んだのに、冒険者より鬼畜だった。ちなみに、バッドさんは大アリクイの餌やりをしたことは?」


「大アリクイが研究所に持ち込まれたのはこれが初めてだからな。俺もまだない」


「そんなぁ、ずるいですよぉ!」


「オン・ザ・ジョブ・トレーニングだ! お前がキラーアントの捕獲方法を確立したら、それに基づいて冒険者に捕獲依頼を出すようになるから。痛いのは最初だけだから」


「最初痛いって言った! これはOJTじゃない。ただの放置プレイだ!」


 そんなこんなで、カルタンは、キラーアントを捕まえに行くことになりました。


 カルタンはバッド主任と一緒に、用具室で、魔道具を物色します。


「このサンダー投網というのは使えそうですね。投げてかぶせたモンスターを電流で麻痺させられるかも」


「うん、投網は俺も愛用している。おすすめだぞ」


「マジックロープは、蛇のように動いて、モンスターを縛りつける。炎の杖とかもあるけど、生け捕りにしないといけないから、今回はNGかな」


 最初は渋々だったカルタンですが、ずらりと並べられた魔道具を見て、少し興奮気味です。


 バッド主任は生け捕りに失敗した場合、カルタンを救出するために、殺傷力の高い炎の杖をチョイスしました。


「あっ、でも、この檻罠も有効そうだな。バッド主任、キラーアントをおびき出せそうな餌はないんですか?」


 カルタンは、大きさが上下1mほどの鉄製の罠檻に目をつけました。できるだけ、自分では戦わないつもりなのです。そのあたりは小説の主人公にふさわしくないほど小心者なのです。


「キラーアントは雑食性だから何でも食べるぞ。ねずみでも置いておけば、寄ってくる」


「じゃあ、ねずみを餌にして、罠檻をしかけます」


 カルタンは、他にも、万が一キラーアントと戦闘になった場合に備えて、麻痺毒が塗られた矢を射れる超小型クロスボウ(拳銃サイズ)と、サンダー投網、マジックロープを装備しました。


 バッド主任の案内で、カルタンは、キラーアントが出没する地帯へと、マジックバッグに罠檻を入れて向かいます。


 道中でカルタンはバッド主任に尋ねます。


「バッド主任は臆病者なのに、どうして危険を伴うモンスター飼育員の仕事をやってるんですか?」


「臆病者は余計だ、カルタンよ。俺もお前と同じさ。冒険者になりたかったが才能がなかった。それで飼育員になった。だが、今ではモンスター飼育員の仕事に楽しみを見出しているよ。いつかはドラゴンを飼育するのが夢さ」


「僕はラージリザードぐらいで十分かなぁ」


「はははっ、お前も慣れてくれば夢もでっかくなってくるさ」


 そうして、キラーアントの出没エリアに到着した、カルタンとバッド主任は、罠檻を設置しました。


「ここは特にキラーアントが多い地域だからな。わりとすぐに、罠にかかると思うぜ」


 バッド主任の言ったとおり、罠から離れて岩陰に身を潜めたカルタンたちに気づかず、キラーアントが罠に近づいてきました。


 そして、見事に罠にひっかかり、檻に閉じ込められました。キラーアントの知能は昆虫だけにそれほど高くはないのでしょう。


「やった! 戦闘せずに捕獲成功だ!」


 カルタンが罠檻に駆け寄ろうとしたとき、バッド主任が叫びました。


「待て! カルタン! 油断するな!」


 反対側の岩陰に、他のキラーアントが一体潜んでいたのでした。


「うわぁ! バッド主任、炎の杖でやっちゃってください!」


「いや、一体だけなら、こいつも捕獲できるかもしれないぞ・・・キラーアントも研究所で研究すべきモンスターだからな・・・カルタン、そいつも捕獲するんだ!」


「ええー? 無理ですよ!」


「できるかぎりやってみろ! 本当にダメそうだったら、炎の杖で助けるから。一応、怪我したときのためにポーションもある」


「うわぁ、嫌だなぁ」


 そうは言いつつ、すでに罠に捕まっていないキラーアントに見つかってしまったカルタンは、やむを得ず戦闘準備をします。


「眠りの魔法、効いてくれ! スリープ!」


 カルタンは唯一使える魔法、スリープをキラーアントに放ちましたが・・・効きませんでした。


「あ、やっぱり。実戦経験ゼロの魔法だもん」


 カルタンは、続いて麻痺毒矢が装填されたクロスボウを放ちました・・・外れました。


「だよね。クロスボウ撃ったことないもん」


 キラーアントがカルタンに迫ってきます。カルタンはサンダー投網を投げました・・・外れました。


「だよね! 投網なんて投げたことないもん!」


 最後のアイテム、マジックロープを投げました・・・おっとこれは自動的にモンスターを縛り付けに行くため、カルタンの腕前は関係なかった・・・マジックロープが蛇のように地面を這い、キラーアントの足に絡みつきます。キラーアントの攻撃が止まりました。


「やった! これぞ他力本願!」


 カルタンは超小型クロスボウに、新しい毒矢を装填し、今度は慎重に狙いをつけてキラーアントに放ちました。二本めの矢はキラーアントに命中し、その体を麻痺させました。


「よくやった! カルタン!」


 岩陰からバッド主任が拍手をしてよこしました。未だに岩陰から出ていないバッド主任は、2匹とも檻に入れて持ち帰るように指示します。


 初の餌捕獲で大勝利(?)を収めたカルタンは、2匹のキラーアントを捕まえて、意気揚々と研究所に帰着しました。


 大アリクイの飼育ケージに、捕まえてきたキラーアントを入れます。


「バッド主任、大アリクイは普段は一対一でキラーアントを食べるんですよね。もし一対二だったら、どうなるんですか?」


「む? わからんな・・・試してみるか」


 バッド主任は、2匹のキラーアントに麻痺解除の薬を与えました。


 キラーアントが動き始めます。それを見た大アリクイがキラーアントの一匹に襲いかかりました。前足の鉤爪で殴りつけます。しかし、鉤爪はキラーアントの外骨格に浅い傷をつけただけでした。


「これ、案外、実力拮抗していますね」


「・・・そうだな・・・」


 2匹目のキラーアントも参戦し、大アリクイに攻撃をはじめました。


「なんか、押されてませんか?」


「・・・そうだな・・・」


 キラーアントに噛みつかれた大アリクイが、めべぇー、めべぇーと痛みの声をあげます。カルタンは、はじめてアリクイの鳴き声を聞きました。


「あ、だめなやつだこれ」


「カルタン! 眠りの魔法で、めとめて眠らせちゃって! 大アリクイを救出するから!」


「イエッサー! それ、スリープ! あ、だめだ効かない。えい、スリープ!!」


 こうして、なんとも締まらないノリで、カルタンのモンスター飼育員のお仕事は始まったのでした。

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