第7話

 春が来て、私は小学生から中学生になった。

 卒業文集に載った私の作文に綾子さんはいたく感じ入り、卒業祝いと入学祝いだといってものすごい金額をくれた――ただし、母さん宛に。綾子さんからのお祝いで、あわよくばずっと欲しかったスニーカーかワンピースを買ってやろうという私の目論見もくろみは泡と消えた。

 中学校ではユウリと同じクラスになり、別の小学校出身のアカネやともちんとも仲良くなった。でも、ハルカとは別になってしまった。

 ただそれだけのことで、私たちは簡単に疎遠になれた。小学校と違って、私たちの帰り道は互いに逆方向になってしまった。たまにLINEを送っても長続きしない。元々面倒くさがりなハルカは、用事もないのにメッセージのやり取りをするのが好きではなく、私もそれをよく知っていた。

 私がアカネやともちんと出会ったように、ハルカも新しい友達を作って楽しくやっているようだった。安心する一方で寂しくもあり、複雑な気分だった。

 悩みとまではいえないモヤモヤを打ち明けるのに、マナちゃんほど適した相手はいなかった。四十過ぎてるから当たり前だけど、マナちゃんは同級生たちよりも大人で、私たちとは違った考えを持っていた。何を話しても、うちの両親や他の同級生にばらされる心配もない。

 作文のときと同じように、マナちゃんはいつでも私の話を親身になって聞いてくれた。両親がいない夜は通話にも応じてくれた。

「六月になってから、ハルカと一回もしゃべってないかも」

「そうかあ。そりゃ寂しいな」

 スマホから聞こえてくるマナちゃんの声は、よく聞くと父さんに似ていた。でも父さんならきっと、「大げさだな、別のクラスになっただけじゃん!」と笑ってすますだろう。

「ハルカは最高の親友だと思ってたけど、たまたま近所に住んでたから仲良くしてただけだったのかな」

 自分で口にした言葉が、胸の中に重く沈んでいく。誰でもハルカの親友になれた。私は頭がよくて大人っぽいハルカに、わざわざ選ばれたわけではないのだ。

「ストレートに、一緒に遊ぼうって誘ってみたら?」

「そうだけど」私も一度ならず考えた。「ハルカと一緒に何をしたいのか、よく分からない」

 うーん、とマナちゃんがうなった。われながら煮え切らないやつだ。こんな話聞いたって、マナちゃんには一銭の得にもならない。

「ごめんね」思わず口をついて出た。

「いや、何も謝らなくていいけどさ」

 ごそごそマナちゃんが身じろぎする音が聞こえる。布団の中にいるのだろうか。

「別に、いま無理してハルカちゃんと付き合うことはないと思うよ」

 私ははっと息を呑む。マナちゃんもスマホ越しに察したらしく、すぐに続けた。

「えーっと、環境が変われば、付き合う人間が変わるのは当然だよ。やっぱり毎日顔を合わせるやつのほうが付き合いやすいもんだ。カナちゃんだって、同じクラスの子たちのほうが共通の話題が多いだろ? きっとハルカちゃんだって同じで、カナちゃんのことがどうでもよくなったわけじゃないと思う。ただ何となく、離れてるだけで」

「うん」

「ハルカちゃんとの付き合いが本当に大事なら、一緒に何がしたいとか、どんな話をしたいとか、それともただ一緒にぼーっとしてるだけで十分だとか、離れていても何か思い浮かぶときが来るんじゃないかな。そのときまで待ったほうがいいとおれは思う」

「もし、何も思い浮かばなかったら?」

 普通に聞き返したつもりが、声が震えた。

「うーん、おじさんの経験から言うとな」

 マナちゃんは言葉を選ぶように、ゆっくりと、しかしはっきりと言い切った。

「必要じゃない関係なら、終わるべきときに終わったほうがいいんだよ。終わったとしても、それまでの楽しかった時間まで消えてなくなるわけじゃない」

「うん」

 うなずきはしたものの、私にはまだマナちゃんの言っている意味が分かっていなかった。私はまだ子どもで、特に仲良しだった子はみんな同じ中学に通っている。出会うことはあっても、別れることには全然慣れていなかった。

「ま、そのうちハルカちゃんから声かけてくるかもしれないよ」

 マナちゃんは打って変わって明るいトーンで言ってくれた。少しだけ心が晴れる気がした。

「いつもありがとね。くだんない話ばっか聞かせて、申し訳ないな」

「そうでもないぜ。若い子の話を聞かせてもらえるのは、独り身のアラフォーおじさんにとっちゃだいぶ貴重だからな」

 半分は私への優しさから、半分は本気で言っているようにも聞こえた。

「そう言ってくれるとありがたいけど。もし私でもマナちゃんの助けになれるようなことがあったら、いつでも言ってね」

 父さんや綾子さん、おじいちゃんおばあちゃんとの仲を取り持つなら、少しは役に立てるかもしれない。このとき私は、割と真剣にそう思っていた。

「おう、頼むわ」

 マナちゃんは笑っていた。本気で取り合ってくれただろうか。


***

 

 マナちゃんと通話をした翌日のこと。


〈おーい、元気?〉

 

 ずっと――といってもほんのひと月足らずだが――話していなかったハルカから、突然LINEが届いた。

 まるでマナちゃんが魔法をかけてくれたみたいだと思った。嬉しくて、激しく踊るくまさんのスタンプを送ったら、ハルカはそれをスルーして用件だけを送ってきた。


〈こないだ見せてもらった叔父さんの写真、送ってもらってもいい?〉

〈どこで見かけたか、思い出してくれたの?〉

 

 本当に、マナちゃんが魔法をかけてくれたんだ。私はすぐさまマナちゃんのお仕事写真を送った。


〈うーん、ちょっとよく分からんな……〉〈明日の放課後、見せに行くわ〉

〈楽しみにしてる!〉(わくわくするくまさんのスタンプ)

〈楽しい話になるかは、微妙だけど〉


 なんとも意味深な発言だ。

 

〈微妙って、それどういうこと?〉


 ハルカの用事はもう終わったらしく、返事は来なかった。

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