第5話
再提出。もっと夢のある文章にしましょう。
小学校生活最後の三学期が始まって一週間。私は一月の白い吐息とともに、「あ」に濁点がついた嘆きと呪詛をまき散らしながら下校していた。
「ハギヤのおばちゃん、まじサイテーだわ」
いったい何が悪いというのか。私はただ、冬休みの宿題として出された作文に、素直な自分の気持ちを書いて提出しただけである。
将来の夢は、特にありません。入れそうな高校に入って、行けたら大学に行きます。仕事は、全然働きたいとは思わないけど、そうも言ってられないと思うのでいちおう就職活動をするつもりです。どこかの会社に入って、ふつうに生きていきたいです。
担任の
「こりゃーさすがにあんたが悪いよ」
「なんでさー」
「だってこれ、卒業文集に載せるんだよ? 夢なさ過ぎ」
そう言うハルカだって、私のことを言えた義理ではない。常日頃から「やる気ないわー」が口癖で、頭いいし家もお金持ちなのに、「受験が面倒くさい」というだけの理由で私と同じ公立の中学校に行くことが決まっている。親友と同じ中学校に行けるのは嬉しいけれど、それでいいのかと思いもする。
「カナ、卒業文集なんてさ、うちらじゃなくて親と先生のために作るんだから、大人が喜ぶようなこと適当に書いとけばいいんだって。『中学生になってもがんばります!』とか、『夢は必ず叶うと信じてます!』とかさ」
ハルカは本当に達観している。ランドセルを背負ってるのが不思議なくらいだ。もちろん再提出なんてくらっていない。読書家で作文も得意だから、要領よく先生に花丸をもらったのだろう。
「うう、こうなったら『将来は教師になって、子どもが書いた素直な作文を嘘に書き直させる仕事がしたいです。そのくらいなら私にもできそうです』って書いてやろうかしら」
「うっわ、
冗談はさておいて、本当に困った。
将来の夢なんて、本当に何もない。この作文に書いたことがすべてだ。もし嘘をついて適当な職業を書いたら、母さんが真に受けそうで困る。きっと綾子さんまで巻き込んで精一杯娘を応援してくれるだろうが、残念なことに、娘はその職業に初めから興味がないのだ。
「まあ確かに、大人って無責任に子どもに夢を語らせたがるよねえ」
ハルカが給食袋を振り回しながら言った。
「『夢は必ず叶う』なんて、本当はただの生存者バイアスだって、よく知ってるくせにさ」
「せーぞんしゃ、何?」
ハルカはすぐ難しい言葉を使うから困る。そこがちょっとかっこよくもあるけれど。
「つまり、『夢は必ず叶う』って言ってんのは、夢を叶えた人だけだってこと。夢が叶わなかった人は、夢いっぱいの子どもに遠慮して口を閉ざしてくれてるだけ」
なるほどー、と私はまぬけな相槌を打つ。隣を歩く同い年の親友は、いったい人生何回目なんだろうか。
「たいていの大人は夢なんか忘れて、なんとなく流されて、なんとなく働きだすんだよ。少なくとも、自分で自分の道を切り開いてる人なんて、私の周りにはいないな」
「……私の周りにはいるかも」
ハルカの言葉が、ふとマナちゃんのことを思い出させた。
「私の叔父さん。モデルやってるんだって、ほら」
モデルのお仕事は「なんとなく」でできる職業ではない気がする。私はスマホを取り出し、例のマナちゃんのお仕事写真をカナに見せた。
どうです、なかなかのイケメンでしょう。
内心得意な私は、ハルカがマナちゃんへの称賛を口にするのを待ち受けた。しかしハルカは写真を二度見して、目をぱちぱちと瞬かせた。
「なんかこの人、どこかで見たことあるような……」
「ほんと? どこで?」
私が思っているより、マナちゃんは有名人なのかもしれない。ほかにもお仕事写真があるなら、私も見てみたかった。
「うーむ」ハルカは首をひねっている。「思い出せん。思い出したら言うわ」
「頼む」
ハルカとは、いつもの曲がり角で別れた。
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