第5話
その後も嫩は自殺し続けた。オリジナルを対象としないただの恐怖を引き摺って。人見の死により嫩は晴れてオリジナルとなり、二人目の嫩を複製することができた。二人同時に死なせてはならないので、監禁部屋に片方の嫩、通称ナカ嫩を閉じ込めた。昔と違って刃物類は全て撤去し部屋の中では自殺が出来ないようにした。将来的に死のうが健康状態は大事なので食事やトイレ、体拭きの世話は欠かさず行う。これは高校生時代からの習慣だ。それでも舌を噛み切られる不安は残るので例の如くカメラで厳重に管理した上で、十五分以上部屋を離れないようにしている。生き存えさせた結果腐敗や病気に侵されるのを防ぐ為、定期的なナカ嫩の入れ替えも行う。もう片方の嫩、ソト嫩は基本的に外に放置している。両方とも縛り切るのは流石に可哀想だと思ったから。ただ家を破壊するような素振りを見せれば直ぐに岩落としで殺す。山籠りが永くなるとこんな技も使えるようになった。そうして抵抗は段々と減っていった。
嫩の状態は長い年月をかけてゆっくり進歩している。昔は自殺を止める私を止めようと何度殺されかけたことか。ただ自殺させ続けるのと自殺を止めようとするのでは、精神状態やその良好化に向かう時期に差が出ることが経験から分かった。止めることを第一に考えてきた私は間違っていなかった。だが未だに嫩がまともな言葉を発することはない。
愛していると何度も囁いた。だけど嫩の頭には入らない。早く元に戻ってよ。昔はそう思っていたけど今は少し諦めている。人見を好きになれば良かったのか。本物のオリジナルの人見を。冗談言わないでよ。冗談に聞こえないよ。複製だけは続けているが、それさえも迷いのない時はない。無かったのは高校生のあの幼い時期だけだ。ただ寿命を延長するだけの日々。墓は小高い山になった。
部屋に戻ってナカ嫩を殺す。死体の表情は毎度変わらない。変わったのは白く色抜けた髪の毛くらいか。嫩は死にながら歳を取った。複製しても経年変化には抗えない。老いてるのは私も同じだけど。少し郷愁に耽った後、死体を埋めに墓へ向かう。
その道中、ソト嫩がこちらをじっと見つめながら真っ直ぐ立っていた。いつもの放心状態とは異なる緩んだ表情に目を剥き、引き寄せられる。
嫩が五十年振りに言葉を返した。
「あなたを好きにならなければ……」
そう言うと見慣れないナイフを取り出して、自殺した。
複製する前に嫩が死んだ。
最後の告白には返事が出来なかった。
これで全てが終わった。
この能力が異常だと気付いた時から、私は孤独だった。能力が失われる日を待ち望んでもコピーはそこに生まれ出た。自分が嫌いで、嫌いなこともどうでもよくなって、ただ自分勝手に生きた。こんな私を愛して、凄いと褒めてくれた人さえ失くした。私の愛は間違っていた。私という存在はもう終わりだ。
そう思った途端、目の前の景色が切り替わった。夢にも近しい心地の中で、妹のような赤ん坊とそれを横たわらせる大人の女性が見えた。女性は母親のような、しかし母親とは違うような何とも言えない印象に包まれる。私にもまだ思い出していないことがあったということなのか。特別なのは私だけではないのかもしれない。
その景色を見て私は山を出ることにした。町に戻る帰り道、墓の下辺部が一部掘り起こされていたのが見えた。まぁいいかとその寛大な心を見習いそのまま始まりの地へ向かう。
すっかり空き地となった故郷を前に四軒目の家を複製した。原点回帰といった感じだ。中は当然誰もいない、たった一人の孤独な空間。その中で相応しい場所を見繕い、それを複製した。私を見つけてしまわないように遠くから見守った。
コピーは皆苦しみに苛まれる運命らしい。だけどここで終わるだなんて納得出来ない。私が何の為に生まれてきたのか。その答えがきっとあるはずだから。
ビルの屋上に立つ。こんな時は複製に頼らないんだねって、嫩は笑ってくれるかな。だとすれば救われるな。嫩が散々見てきただろう足下を覗き込む。車に轢かれた猫がこちらを見ている気がした。
「今度は間違えないでね」
これはあの子の誕生日。そして私の命日。
誕生日 沈黙静寂 @cookingmama
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