第4話
人見と会って嫩の暴れっぷりは振り出しに戻った。私はまた自主休校して嫩のケアに従事した。ケアと言っても前のように自殺を束縛した訳ではない。寧ろ積極的に自殺させた。初めの家や近くのドンキホーテを参考文献に剽窃あるいは複製した刃物を新設の監禁部屋に取り揃え、足枷を掛けられた嫩が自由に利用できるようにした。足には制限を設けないと私も殺されるかもしれないから。自殺が済んだら掃除した後、同じ場所に足枷が付いた状態で複製する。下手に妨害して外に飛び出されるより、家の中でリラックスして自殺してもらった方が、いつ人見が来るか分からない今は適切だと思ったのだ。勿論本心ではこんなことしたくない。無人島とか他の場所に逃げる選択肢もあった。だけど逃げてばかりでは埒が空かないからね。
何時何処で来訪者が現れてもいいよう、山の周りには複製品のカメラを何台か仕込み、家のモニターで監視できるようにした。人見の方が眼は良さそうだったから。
人見がコピーについて何処まで知っているかは分からない。自分が現れたタイミングで二度も嫩が死のうとしたことから何かあると察したのかもしれない。兎に角オリジナルの人見の存在は嫩にとってリスクでしかない。
しかし嫩が人見のコピーだったとは。嫩の自殺願望の契機は教室での人見との顔合わせだったのか。根本的には私のせいだが。昔みたいに目隠ししてあげられていたらな。この状態になる前を振り返り、あの告白を思い出す。人見は複製前から私を鬱陶しい程好いていた。 そうすると嫩の私への思いもコピーだったのだろうか。「雰囲気が好き」なのは好きになる具体的な過程を経験せずに感情だけが複製されたからとか。いや違う。嫩は嫩の十年を過ごしているのだ。私はそう信じる。
人見が監視モニターに映る午後。
放心状態の後半に差し掛かる嫩を念の為刺してリセットし、準備万端。
「ハーーーーーールーーーーーーどーーーーーこーーーーー」
人見は前回と同じくあの家の正面からやって来た。にやにやしながら家に向かって手を振っている。もうベランダや玄関近くの窓を視認しているのか。嫩が沈黙していることも手掛かりにしているのか。何にせよ恐ろしい。恐怖には絶望で返さないとね。
さぁ、十年振りの平手打ちをプレゼントしますか。
人見が山の麓まで登ってきた頃合で、巨大樹を天空に複製した。空飛ぶ樹木という現実離れした映像を圧倒的スケールで見せた後、その真下に構えるオリジナルの巨大樹に飛び込む。質量と質量の戦いに重力が加勢したお陰で、オリジナルはゴキィゴキィ死を告げるような轟音を叫び、その逞しかった根元から体裁が崩れていく。地盤の崩れと二本の大樹の衝撃で地面が揺れると、地表の底から大量の死体が溢れ出した。今まで逐一真面目に埋葬してきた嫩の死体だ。最近の原型を留めているものもあれば、歳には抗えず若干白骨化が進行したものも見受けられる。腕の取れた嫩、内臓溢れる嫩、ボーリング玉に倣い固く丸まる嫩。約三千の死体と砂礫、岩石、巨大樹が互いに巻き込みながら猛スピードで斜面を下る。枝に引っかかった過去の嫩が虚ろな目で宙を踊る。そのまま家を巻き込み破壊の仲間に加え、目標を捉えた。人見は自然に比べれば蚊程度の声を出しながら町側へダッシュしていたが、程なくして埋もれた。
「綺麗だな」ボロボロになった辺り一帯を見回して感想が漏れる。最上級の恍惚の表情を浮かべているのが自分でも分かった。それより今は嫩を複製すべきだと思い試みる。実験ではオリジナルが死ぬとコピーはオリジナルの立場を奪えるという結果が出ていた。しかしながら嫩は依然一人のまま増えない。おいおいしぶといなぁと溜息吐きながら麓に向かうことにした。
私達は人見が訪れたあの日から三軒目の家を複製し、二軒目から離れた森の陰に居を構えていた。眼の良い人見にも見えない位置から一方的に踏み潰す。この仕掛けの為に色々と苦労した。一軒目の町の家に解体依頼を出したり、巨大樹の全貌を見る為に専門店まで行って木登り器具を複製したり。他にもアイデアはあった。大量の巨大な玉をゲームみたいに転がすとか。しかし複製は一つしかできないし、複数見た上で沢山複製しようにも一気に生み出すのは難しい。タイミングがずれればそれだけ助かる確率も上がってしまう。そういった理由と折角の諸条件を活かしたいという訳でこうしてみた。いやしかし出来るものだね。一回きりの挑戦だから不安だったけど、これは複製史に残る傑作だ。まぁ失敗したら普通にハンマーとかで殺すつもりだったけど。我ながら中々の演出よ。
麓の人見が埋もれたらしき場所を彷徨いていると、「あ…………あ……」風前の灯火のアンビエントが聴こえてきたので死体を退けて、健常者の癖に血を垂れ流す人見の顔が現れた。周りを人生の先輩に囲まれて恐縮そうな表情をしている。これはお前のせいで死んだ嫩の重みだ。とは言うものの私も同罪かな。お詫びの印として遺言くらいは義理堅く聞くことにした。
「あたしがオリジナルなのに……」
同じ顔なのに、メイクもしてるのに、こんなにハルを愛しているのに、どうして劣化コピーを選ぶの。そう続けようとして血を吐く。確かに人見が嫩のオリジナルであることは事実だ。理解はできないが人見なりに私を愛してくれてもいる。諸悪の根源は私の方だ。こんなことをすべきではなかったかもしれない。けれどここで嫩を手放したら、あの幸せは本当に二度と手に入らない。少しでも可能性がある限り、私はその機会を逃したくない。また一緒にデート出来る日まで私は永遠に複製し続ける。
「嫩への償いかな」
人見を殺した。
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