夏の合宿編・第四話 吉川の受難
「昌兄ぃ!こっちきてよぅ!手伝ってー!!!」
「…いや、何を手伝えばいいんだ?…というか、昌兄ぃって…」
「いいからー!こっちこっちー!」
そんなこんなで私…吉川昌之は、明君に呼ばれるままついて行ったんだが…まあ、これが大変だったわけで。
私は、小河家に嫌われる運命なのだろう…か?
第四話 吉川の受難
気まずい…。
小河と言い争ったのが、こんな事態にまで発展するなんて…
「あ、そうなんだ!でもまあ、君も生徒会長なのにあんな大騒ぎしていたんだから今回は罰という事で」
新任の保健教諭である、哀川先生は私と小河が犬猿の仲(…の、つもりは本当は無いのだが、何故か会うたびに言い争いになってしまうのだ…まあそれを犬猿の仲と言うのだ、と言われればそれまでなんだが…うーん)
とは知らないわけで。
まさか、自分が退部に追いやっていた部活の合宿に強制参加させられるなど思いもしなかった。
いくら、新藤さんを生徒会に迎え入れたかったからといって…あの時の私は本当にどうかしていた。
一年生の三人にも迷惑をかけた。
もちろん、小河にも。
これは、彼らとの関係を修復するいい機会なのではないだろうか?
…そう、悶々と考えていたら、有栖に笑われたのだが。
☆
「…昌兄ぃ?聞いてるかーぁ?」
「あ、すまない、…何かな?」
「…いーや、なーんにも?」
ここにきてからというもの、明君には…なにか、こう…敵視されている気がしてならないのだが…。
私たち二人は、裏山にある畑へ野菜をとりに来ていた。
荷物が多いなら、三島君や清司君も呼んだ方が良かったんじゃないか?と尋ねると
「んーや!昌兄ぃだけでいいやー」
…だそうで。
「昌兄ぃ、これで頼まれてたやつは全部とったから、運ぶの手伝ってよー」
「ああ、わかった」
「小屋の裏に籠があるはずだから、とってきてー!」
農具などをしまっている小屋があった。
言われたとおり、小屋にー…っつ!?
「あ、そっち泥がスゲーから気をつけてなーいひひ」
「あ、ああ、気を…つけるよ…」
もっと早く言って欲しかった。
片足を泥に突っ込んでしまった。
これ…抜けないんだが…っ!!!
「昌兄ぃ!俺先行くねー?」
「ちょっ…明君!?待ってくれ…!おーい!!」
☆
「まったくー、鈍臭いんだなぁー昌兄ぃは!!」
「…申し訳ない、明君それ重いだろう?私が持つよ」
「これくらい平気だって~のっ!都会の軟弱っ子じゃないしなぁ!」
うーむ。やっぱり明君には嫌われている気がする…。
カゴに頼まれた野菜を詰めて、それを背負って下山。
確かに毎日こんな風にお手伝いをする子と都会で家にいる子を比べたら力では勝てないだろうなぁ。
「なあ、昌兄ぃ!昌兄ぃってさあ…やっぱり亜紀姐ぇのこと好きなの?」
「んんん!?」
「あー…わかりやすい反応サンキュー…」
…驚いた拍子に持っていた野菜を落としてしまった。
慌てて二人で拾い集める…ああ、情けない…。
「トマト転がって行っちまった…よいっしょ…」
「明君、危ないからそれは私が…」
一瞬の出来事だったが…世界がまるでスローモーションになったようだ。
トマトを追いかけていった明君が足を滑らせ、崖から落ちそうに…
「危ないっ!!!」
☆
「小河部長と明君は仲が悪いんですか?」
んー?と、小河部長が山道を見渡しながら相槌を打つ。
僕、三島と小河部長の二人はなかなか帰ってこない明君と吉川会長を探しに山まできたんだけど…なんで山?
「さっき、お杵さんが野菜を頼んだのにまだかと言っていたのを聞いたんだ。おそらく頼まれたのは明だろう…畑はこの山にあるんだ。…仲は悪くないしあいつは悪いやつじゃないが、ここいらでちょっとばかし有名ないたずら小僧でなあ…。そういえば」
そう言いかけて、ぷっと吹き出して笑い始めた。
何ですか…?聴きたい聴きたい。
「どんな嘘をついたのかは詳しくは知らんのだが…、一度…新藤の雷が落ちてなあ!あれとは長年一緒にいるが、あんなに怒ったのは初めて見たなあ!
…それからはもう、あいつは新藤には頭が上がらないんだ…」
へえ…新藤さんご本人がボソッと話したのはこれかあ…。
…さぞ恐ろしかったんだろうな…。
☆
まるで、映画のワンシーンのように…ゆっくり、ゆっくりと動いているような感覚。
彼を引き戻そうと手を伸ばす。
ああ、間に合ってくれ!!!
「なーんてなっ!!!」
崖のそばに生えている木の枝に捕まったかと思うと、そのまま鉄棒の逆上がりの要領で木に登ってしまった。
「へへ!驚いた?こんな事で俺が転げ落ちるわけないだろー!」
ものすごい身体能力だ。思わず拍手してしまうほどに。
無事だった事への安心感もあっての拍手だったのだが、彼は天狗になっているようだった。からかっているのだろう、そんな仕草を見せた。
直後、私自身も驚くほど怒りの感情が湧いたのだった。気づいた時には、力の限り怒鳴りつけていた。
山に響く私の声。
何と喚いたのか、自分でも覚えていない。
しーん、と世界が静まり返ったような静寂。
突然怒鳴られた彼は目を丸くして私を見ている。
「な、なんだよ…突然、そんなに怒らなくても…」
心なしか、彼の声は震えているような気がした。
まずい、いくら強がっていてもまだ小学生。
そんな子に大人気なかったか…?
頭の中はフル回転で「今何と声をかければいいのか?」についてあれよこれよと言葉が生まれては消える…そんな繰り返し。
「そんな…怒鳴らなくてもいいじゃんかよぉ!!!」
明君が叫んだ。
支えていた手は枝から離れている…そして、足を滑らせた。
「明君っ!」
体は勝手に動いていた。
私は彼を抱えて、崖から転がり落ちた。
☆
「ねぇ…、部長…」
「どうした?」
「何か…聞こえてきたような…」
人の声だ…なんだろう…「助けて」って聞こえるような気がするんだけど…!?
「三島っ、こっちだ!」
小河部長が声の方向を見極め、林の中をかき分けていく。
だんだん近づいてきた…声の主は間違いなく、明君だ。
「明っ!?」
ようやく明君を発見した。
あの生意気坊主は何処へやら…擦り傷だらけで今にも大声で泣き出しそうな彼は
部長を目で確認するとダッと駆けよってそのまま部長に抱きついた。
「また無茶をしたんだろう?…もう大丈夫だ。傷だらけじゃないか!早く帰ろう」
「違う…違うんだ…俺のせいで、昌兄が…」
「昌兄?」
この後、同じく擦り傷や打撲だらけで倒れている吉川会長を見つける。
声をかけると気がついたので、まずは一安心。部長が吉川会長をおぶって、僕は明君となんとなく手を繋いで。四人で宿に辿りついた。
明君の帰りが遅いと心配して、お杵さんが外で待っていた。
あの穏やかなお杵さんが明君を叱りつけた。
部長はこれには驚いたようだ、珍しく緊張した面持ちで二人を見ていた。
お杵さんは直後、勢いよく明君を抱きしめた。
明君は、そんなお杵さんにしがみつき…堰を切ったように泣き出した。
僕は、そんな彼らを黙って見守る事しか出来なかったけど。
「よかったな」、とただただそう思った。
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