第36話/生徒会長選挙①

 夏休みが明けた。俺は足取りも軽く、日差しの降り注ぐ通学路を駆けた。


 始業式から二週間が経ったある日の放課後、俺は図書室へある人物を呼び出していた。


「やー、中間っち、来たよー」

 詩織だった。かたわらには香奈の姿もある。


「ごめんごめん。香奈も来るってきかなくってさ。連れてきちゃった」

 詩織は苦笑いで、頭を掻いた。


「問題ないよ。ごめんね、放課後に」

 俺は優子を連れ立って、図書準備室へ促した。書棚に挟まれるように置かれた狭い机に、パイプ椅子を組み立てて四人で座を囲む。


「早速なんだけど、お願いがあって。E組の木崎さんなんだけど、知ってるかな?」


「木崎優子です。よろしく……」

 優子は伏し目がちに、頭を下げた。


「あー。もちろん。入学式の新入生代表挨拶をしてた人っしょ」

 詩織は笑顔で答えた。香奈はコクリと一つうなずいた。


「今度、木崎さんが生徒会長選挙へ立候補するんだ」


「えぇー。そうなの? でも、ぽいよねー」

 同意を求めるように顔を見合わせた詩織に対し、香奈も、ぽいぽいー、と相槌を打った。


「校則の緩和を公約にします。入学希望者の減少に歯止めを掛けるために、今まで何度も提案されてるんだけど中々うまくいってなくて。私、それを成し遂げたいの」

 優子は控えめな声で語った。


「おぉー、いいじゃん! 私たちにとっては願ったり叶ったりだよ」

 高揚したように前のめりになって詩織は話を聞いていた。


「そこでさ、小澤さんに応援演説を頼みたいんだ」


「え、私?」

 俺の突拍子のない要請に、詩織は目をパチクリさせる。


「校風を変えるってイメージに相応しいし、男女ともに人気があるしね」


「えー、でも、私なんかにできるかなぁ。足引っ張っちゃいそうだけど……」

 詩織にしては珍しく、上擦った声で答えた。


「できるさ。適任だよ。むしろ、小澤さんにしかできない、と思ってる」

 俺は祈るような気持ちで、まっすぐに詩織を見つめた。


「んんー。まぁ、そう言われると悪い気はしないし。中間っちには借りもあるしね……。わかった。引き受けるよ!」

 詩織ははにかみながらも元気よく言った。隣では香奈がポカーンと口を開けている。


「本八幡さんも、一緒に壇上へ上がってくれてもいいよ。そうすれば、効果は二倍だし」

 香奈はブンブンと首を左右に振った。


「ホントにやるの?」


「校風を変えるってのがいいじゃん。今まで生徒会に関わった事なんてなかったし。私の力が役に立つのか、試してみたい気もするしね」

 心配をあらわにする香奈に対して、詩織は力強く言い放った。


「ありがとう。本当に」

 優子は立ち上がり、深々と頭を下げた。


 俺は内心ほっとしていた。俺の容姿が足を引っ張るのではないかと心配していた。しかし、それは杞憂きゆうだった。詩織も、俺を信じて任せてくれた優子も、そんなことは気にしていないようだ。未だに拭いきれないコンプレックスを、俺は受け入れつつあった。


 十月の文化祭の最終日に、生徒会長立候補者演説と、応援演説が合わせて行われる。選挙は一月、三学期の始業式の後に行われる予定だった。応援演説の原稿を用意しようかと提案したが、詩織が自分で書きたいというので任せた。


 原稿が完成したらチェックさせてもらうことを約束して、この日は解散となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る