第34話/嗚呼、夏休み③

 俺は亮介と、友人数人とともに出店を回った。日が暮れるとともに、会場は賑やかさを増していく。


「ナンパしようぜぃ」


 雰囲気に飲まれ、恐れを忘れた亮介は声高に言った。ナンパ……。今も昔も、俺には縁遠い言葉だ。亮介は、手本を見せてやる、と叫びつつ三人組の浴衣女子へ突撃していった。


「ヘーイ、カーノジョ! 女の子だけでなぁにしてんの?」

 それは古典的かつ直情的なナンパだった。まさに直球勝負。亮介らしい。


 しかし、振り返った女子に、亮介の身体が固まった。時が止まったかのように、微動だにしない。よく見ると、彼女たちは見知った顔だった。


「亮介……あんたねぇ……」

 呆れたように息を吐いたのは、詩織だった。両脇を固めるのは香奈と、それに遥がいた。


「これはこれは、我が校の誇る美人三姉妹がお揃いで……」

 身を縮こませた亮介が、小さな声を捻りだした。


「私たちをナンパしようなんて、万年早いわ! って、あれ、中間っちじゃん! ハロー」

 詩織は笑顔で手を振っている。


「……ナンパの戦力としては、全体的に国力が足りていないようね……」

 香奈は一同を見渡すと、ポツリと呟いた。遥が笑いをこらえている。


 詩織は赤の花紋をあしらった浴衣に、水色の帯が華やかな印象をたたえていた。弾ける笑顔と相まって、輝いて見える。反して、香奈の浴衣は古風な蒼に流れるような花紋が踊り、薄紫の帯の艶やかさが際立っている。その凛とした立ち姿は、正に真夏の夜に咲く百合のようだった。遥の浴衣は黄の地に緑と赤の差し色で描かれた花紋が鮮やかで、萌黄色もえぎいろの帯が絶妙なバランスを保っている。一見すると子供っぽいのだが、遥のしなやかな肢体が、独特の生命力を強調していた。統一感のある花柄は、三人の申し合わせの結果なのだろう。


「やばば、中間っち、遥の事、見過ぎだよ~」

 無意識で凝視してしまっていたようだ。遥が身体を腕で覆い、警戒感を露わにした。


「あぁ、いや、あまりにも綺麗だったもんで。見惚みとれてしまった……」

 俺は素直に言い訳した。


「これが、噂の中間、くん? もっと紳士な人だと思ってたけど……」

 遥が恐る恐る言った。噂されてんのか……。


「そうだよ。私を助けてくれたんだよねー。その節は、どうも」

 人懐こく告げて、詩織はペコリと頭を下げた。


「変態紳士……」

 ポツリと香奈が呟く。またも遥が笑いを堪えていた。


「それにしても、鍛えてんの? 夏休み前と別人じゃん」

 頭を上げた詩織が、俺の腹筋を突きながら笑った。


「トレーニングしてるんだ。他にすることも無いしな」

 自分で言っておいてなんだが、悲しすぎる理由だった。


「へぇー。確かに、いい身体してるね。どんなトレーニング?」

 興味津々で身を乗り出した遥の瞳は輝いている。


「ランニングと筋トレ。特に変わったことはしてないよ」


「なに部だっけ?」


「帰宅部」

 遥の目が怪訝に変わる。そんな宝の持ち腐れのような目で見るな。


「陸上部へおいでよ。歓迎するよ」


「そういえば宮永さんは陸上部のエースだったね。調子はどう?」


「……え。あぁ……。うん。まぁまぁ、かな……」

 遥は言い淀んで、苦笑いで誤魔化した。やっぱり……。記憶の通り、遥はこの頃からスランプに陥り始めているようだった。


「そっか。やっぱり注目されると大変だよね。気が向いたら、陸上部に見学へ行かせてもらうよ」

 俺は幸運に感謝していた。夏祭りに誘ってくれた亮介にも。ここで遥と出会えたのは僥倖ぎょうこうと言える。その内に顔見知りにならなければいけなかったのだ。これから起こる事を考えると……。過度なトレーニングも、その備えだった。三年手帳を繰りながら、ここ最近はその事ばかりを考えている。


「あ、そろそろ花火が始まるよ! 行かなくっちゃ」

 詩織が朗らかに叫ぶ。


「それじゃ、紳士諸君。また学校でね~」


 詩織は手を振り振り、去っていった。遥と香奈もその後に続いた。


「俺も筋トレ、しようかな……」

 隣では亮介が羨ましそうに眺めている。


 男だらけの花火大会を堪能した俺たちは三々五々、解散した。帰り道、千絵の姿を探したが、見当たらなかった。俺はとぼとぼと家路についた。

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