第13話/オワリのハジマリ④
「そろそろ帰ろうぜ。腹が減った」
講堂に
「じゃ、私がお昼ご飯を作ってあげるよ。食材はあるかな?」
千絵が名乗りを上げた。
俺たち兄妹は、よく千絵にご飯を作ってもらっている。共働きの両親の帰ってくる時間がマチマチで、晩御飯の用意が間に合わないことが多々ある。そんな時は、千絵が隣から颯爽とやってきて、魔法使いのように食事をテーブルへ現出させてくれるのだ。本当に助かっている。いや、助かっているだけではない。うまいのだ。残念ながら、我が母よりも。涼香も同意するだろうが、うちの家庭の味は千絵の料理の味なのだ。
「あぁ、なにかしらあるだろう。無ければ食べに出ればいいさ。鈴ねぇも来るだろう?」
「行くー」
「まぁ、どちらにせよ一度帰らないとね、その格好だと……」
涼香が俺の身体を眺めて、小さく息を吐いた。ジャケットのフロントはひらひらとはためき、ボタンもネクタイも校章も無い。まるで追い剥ぎにでも遭遇したような恰好だった。
「よし! 行こう!」
俺は先頭に立って歩き始めた。駆け寄った千絵が俺の手をそっと握る。その積極的な行動に少し息を吞んだが、すぐにその白魚のような手を握り返した。察したように少し離れて、鈴音と涼香が後に続いた。冷やかすようなクスクス笑いが耳をくすぐる。
正門を出ようとした刹那、門柱に黒い影を認めた。特に気に留めることもなく歩を進め、ちょうど校外へ一歩踏み出した、その時だった。
――ドンっ!
鈍い音とともに、何かに体当たりされた。黒い影。よく見ると人だった。小太りの男。黒いジャージに紫色のラインが入っている。髪は手入れされておらず顔を覆うように伸び放題。髭も剃っていないようで
脇腹が熱い。
――キャーーーーーーーー
さっきまでの黄色い歓声とは異なる、恐怖を帯びた絶叫が辺りに響き渡った。脇腹を見ると、赤黒いシミが急速に広がっている。
痛い。
見てしまった事を後悔する。途端に、痛みと焦りが襲ってきた。
突き飛ばされて大の字に転がった男が、むくりと起き上がる。ぶつぶつと何かを口籠っている。その手には歪な曲線を描く
サバイバルナイフ
凶悪犯罪のニュースでしか見たことのない、現実離れした武器がそこにあった。俺は咄嗟に千絵を突き飛ばした。鈴音と涼香が震える千絵の身体を抱き留める。男の視線がチラリと千絵の方へ向いた。
「千絵……」
男の口からだらしなく声が洩れる。俺はこの男の顔に既視感があった。髭を取り除き短髪に、少し瘦せた姿を想起する。こいつは……
「大里……?」
名前を呼ばれた男はピクリと反応して、俺を視界に捉える。間違いない。大里……、下の名前は思い出せない。なにせ一年生の時に半年くらいしか教室を共にしてはいない。夏休み明けにはほとんど不登校になって、そのまま中退したはずだ。苗字を思い出しただけでも、奇跡のようなもんだ。
「ち、千絵……千絵は僕のもんだーーー!」
突然の雄叫びとともに、突進してくる。俺は辛うじて刃を
「千絵! 逃げろーーー!」
俺は振り絞るように叫んだ。しかし、千絵たちは固まったまま、微動だにしない。その瞬間、猛烈な寒気に襲われた。背筋を駆け抜ける脱力感。手に力が入らない。緩んだ握力を見抜いたように、大里の腕が振り回される。突き倒された俺に馬乗りになる大里。胸に凶刃の一閃が振り下ろされた。痛みはまるで感じない。傷口の灼けるような熱さを上回る寒気と、脱力感が身体中を支配していた。このままでは……
俺は突き下ろされた大里の腕を掴むと、右手の人差し指と中指をまとめて掴んだ。無我夢中で、関節と逆方向に
最早、俺の視界からは光が失われようとしていた。胸に突き立ったままのサバイバルナイフをまさぐるように掴むと、最期の力を振り絞り、体を回転させる。サバイバルナイフを両手で掴んだまま、その上に体を横たえる。これでこのナイフは俺のものだ。一生、お前になんか渡すものか。でも、こいつが他に武器を持っていたら……
しかし、大里は俺の横腹を何度も何度も蹴り上げていた。他には武器を持っていないという証明の振動だった。俺は
……優子は無事に帰ったかな、こんな姿、見られたくねぇな……
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