第12話/オワリのハジマリ③

 全ての写真を撮り終わり、心地いい疲労感に包まれた俺は、鈴音の元へ戻った。


「相変わらず、万年モテヲの異名は伊達じゃないね」

 どんな異名だよ。


「万年さんはサービス精神が旺盛ですから」

 千絵が呆れるように乗っかった。


「コラ! 万年さんを定着させようとするな」


「あ、万年兄さーん、このカメラ、お母さんに返しといて」

 デジカメを振り振り、涼香が笑った。


「おい、流石に温厚な万年さんも怒るぞ!」

 俺の一言で、みんな笑った。


「それにしても、あの投げキッスにはビビったね」

 笑い涙を拭いつつ、鈴音が言った。


「見てたのか?」


「私も保護者席に入れさせてもらったの。小畑先生にお許しを貰って」


「そうだったのか。小畑教諭は何も言ってなかったからな。気づかなかったよ」


「爽哉は在校生の女の子しか見てなかったもんねー」

 鈴音は皮肉っぽく真実を述べ、俺の全身をしげしげと見回した。


「もうジャケットの前のボタンしか残ってないじゃない。ネクタイも取られたの?」


「ネクタイは遥にあげた。リボンと交換したんだ」

 こういう事は隠したり、口籠くちごもったりしないべきだ。周知の事実にする方がいい。俺はポケットから遥のリボンを取り出した。


「遥、って、あの陸上部の宮永遥? インターハイで優勝した?」


「そうそう。その遥。日本一のリボンだぞ。ご利益がありそうだろ?」

 事実は少しだけ歪曲するくらいが丁度いい。


「ネームプレートも?」

 千絵の呟きに、俺の頬筋がピクリと反応した。しかし、この場合は、多少の強引さと即応性が大切だと判断した。


「あぁ。でも第一ボタンは死守したんだ。心臓に一番近いボタンは千絵に渡したくて」

 俺は第一ボタンを千切ると、うやうやしく千絵の手を取って、その手のひらに握らせた。


「受け取ってくれるか?」

 俺はじっくりと千絵の瞳を見つめた。千絵もまっすぐに俺を見つめている。


「ありがとう……。大切に……する……」

 千絵の瞳に涙が浮かび、一筋の光となって頬を滑り落ちた。


「三年間、支えてくれて、ありがとな。大学でもヨロシク、な」

 突然、千絵が一歩を踏み出して体を寄せると、大きく背伸びをして遠慮がちに口づけた。

 これは……。覚悟を決めた俺は、千絵の腰に手を回し抱き寄せると、彼女の迷いを搔き消すように強く、唇を重ねた。


 周りから、キャーと黄色い歓声が上がる。


「おぉー」

 鈴音の口から洩れ出た声は、ファールボールを球場で見上げる、観客席のおっさんのような、無感動なものだった。


「うわー……」

 涼香の口から洩れ出た声は、衝撃映像一〇〇連発で車が横転した瞬間を目の当たりにした時と同じだった。


 その間にも千絵の固く閉じられた瞳からは、とめどなく涙があふれている。三年間、俺は千絵に我慢を強いてきた。その抑圧から解放されるように、清々しい光をまとっている。その姿は純粋に、美しかった。


 誓いの時は一瞬だった。俺が唇を離すと、千絵はうっすらと目を開いて、微笑んだ。


「おうおう、見せつけてくれるじゃんよー、お二人さんよー」

 鈴音が茶化すように歓声を上げる。千絵は顔を真っ赤にして、恥ずかしそうにうつむいた。


「あ、そうだ。涼香」


「な、なにっ?」

 視界を塞ぐように両手で顔を覆っていた涼香に、最後に残っていたジャケットの第二ボタンを投げ渡した。態勢を崩しながらも、地面すれすれでキャッチする。


「やるよ。お前にも色々と心配かけたな」


「ありがと。これで男運が良くなるかなぁ」

 キャッチしたボタンを指の間でもてあそびながら、涼香は笑った。


「えぇー、恩人の私にはー⁉」

 鈴音が不満げな声を上げる。しまった。来ると思っていなかったから何も考えてなかった。あ、でも……。


 俺はジャケットの襟から銀の校章をはずして、鈴音に投げた。


「これで完売御礼だ」


 流れ星のような光の筋を伴って、校章が虚空に踊る。鈴音は微動だにすることなく、腕を宙へ放ると、校章を掴み取った。


「ありがたく、頂戴します」


 鈴音は軽くウィンクして微笑んだ。

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