第11話/オワリのハジマリ②

 講堂の前には人だかりができていた。講堂の裏側は駐車場になっていて、正面にはロータリーと広場があり、正門へと続いている。門を抜けると、物理的にも精神的にも高校から巣立ち、次のステージへと向かう事になる。もう、戻ることはないだろう。今、ここは、最後の最後に名残を惜しむ、一種のモラトリアムの場と化している。


 校庭を横切った俺を最初に発見したのは、千絵だった。大きく手を振っている。手を振り返すと、千絵が隣の誰かに話しかけていた。植栽に遮られて見えなかったその影が、一歩前へ踏み出した。その姿に、俺は目を丸くする。


「鈴ねぇ!」


 本条鈴音ほんじょうすずね。俺の一つ歳上で、今は大学生。近所に住んでいて、小さな頃からいつも一緒に遊んでいた。だいたい、鈴ねぇと俺、千絵と涼香の四人で集まって、よく遊んでいたもんだ。高校も一緒で、俺が一年生の時には、生徒会長を務めていた。そう考えると、俺の周囲には歴代の生徒会長が揃っていると気づく。これで涼香が生徒会長になっていれば、四代に仕えた忠臣とでもおくりなされただろうか。


「相変わらず、コソコソとやっているみたいね。女の子と会ってたんでしょ?」

 鈴音の元へ駆け寄ると、開口一番、的を射た皮肉が繰り出される。それが嫌味に聞こえないのは、爽やかな声質とその微笑みに因る所が大きいだろう。まぁ、図星なのだが。


「鈴ねぇ、どうして? 大学は?」

 俺はえて質問には答えなかった。


「そりゃ、弟の卒業式だもん。それに、春休みだしね。講義はないの」

 鈴音は笑顔を崩さないまま、素っ気なく言う。俺はまだ弟のままなんだなぁと、嬉しいような寂しいような、複雑な気持ちだった。


「ほらほら。私たちより、友恵ともえさんがずっと待ってるのよ」

 友恵とは俺の母である。よく見ると鈴音の後ろで植栽の陰に隠れるように、母が立っていて、ハンカチを扇子代わりに扇いでいた。他に二人の女性が並んでいる。


「あぁ、やっと来た。待ってたのよ。写真、撮りましょ。写真」

 カメラを振りかざしながら、母が近づいてきた。


「わざわざそのために待ってたのか? 家の前ででも撮ればいいだろう」


「いえ、それが、私のお友達が爽哉と撮りたいんだって。入ってあげなさい」

 後ろに並んでいた二人の淑女が笑顔で手を振っている。高校生の子供がいるとは思えない若々しさだった。


「そのために待っていてくれたんですか。すみません。すぐに撮りましょう」

 俺は日差しの元でお待たせしたことを彼女たちに詫び、講堂を背景にするために少し移動した。こんなおばちゃんでゴメンねー、いやいや綺麗なお肌ですねー、なんて会話をしつつ、それぞれとツーショットを撮った。写真を撮り終えると、


「はい、お疲れさん。じゃ、私たちはランチして帰るから」

 母たちは満足そうに去っていった。三人を見送り、息を吐いて振り返った途端に声を掛けられた。


「爽哉先輩……! 私も写真、いいですか……?」

 そこには既に行列ができている。


「もちろん。ありがとう。涼香―!」


 涼香を呼び、写真撮影に協力するよう頼む。慣れっこなのだ、こういうのは。ただ、卒業式ということもあってか、全ての撮影を終えるには、ゆうに三十分以上を要した。

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