第14話 身の上話はおつまみに

「さて、宮水さんも何か飲みませんか?」


ゴン、と会長が少々はしたなくビール缶――いえ、ビール缶持ってる時点てはしたなさとかそう言う次元にはない気がしますけど――そう問いかけてきました。

あー、お酒……お酒ですか。あまり得意じゃないから、出来れば遠慮しておきたい所だけど――


「是非お好きなものを言ってくださいな。古今東西ありとあらゆる美味しいお酒を取り揃えている―――っていうのはちょっと誇張が過ぎますけれど、普通にスーパーで買えるようなものから、酒蔵で作っているようなオリジナルフレーバー、海外の山奥で作っているような秘蔵のモノまで、並大抵のお酒はありますわよ??」

「はぁ、なるほど」

「あ、この部屋にはありませんけどワインセラーもありますのよ」

「……それはまぁ、何と言いますか、すごいですね」

「ふふ、宮水さんに褒められましたわぁ」


そう会長は嬉しそうに言って――でも知ってますからね、私。それ、『私に褒められたから喜んでいる』のではなくて、『もうすぐビールが飲めるからテンションが上がってるだけ』なんですよね? 

おかげさまでこっちのテンションはだた下がりなんですよ?

あと――ビールのプルダブに手を掛けながらこっちを見るのは止めてください!

早く飲みたいなぁって目を向けないでください!


「ですので、何かお好きなものを言って下されば、お出し出来るかもしれませんよ」

「いえ、そもそも会長に酒を『出していただく』などおかしな話で」

「そんなことは気にしなくてもいいですわ」

「……うーん、なら……果物系の缶チューハイとか。度数の低いもので」


うん。多分、それなら決して、粗相というか悪酔いはしないだろう。頑張れ私。何かもう飲みに付き合わされる感じになってるけど、絶対に変なことしちゃダメだから。

『酒に酔った勢いで』とか『昨日の記憶が無くて』とか最悪だからね?


「はい、わかりました――んっしょ」


とかなんとか考えてる間に、会長は四つん這いになって、近くの畳に手を伸ばして――いや、何も見てないですよ。ゆっるいTシャツの胸元とか見てませんから、決して、けぇっしてみてませんから! 黒ではありましたごめんなさいッ!

ていうか――それ以上にインパクトのある現象が引き起こされましたからね。

会長が畳の一枚をひっぺ剥がして、そこからほ○よいを取り出すって、不可思議な現象を。


「あまり味の種類は無いのですが、これで構いませんか?」

「あ、私、結構イチゴ味好きなので、全然大丈夫――いや大丈夫じゃないんですけどどうなってるんですかそれ!? なんで畳の下からちゃんと冷やされた缶チューハイが出てくるんですか!?」

「どうしてと言われましても、畳の下に冷蔵庫を設置してあるというだけの話ですわよ?」

「…………え、あのすみません、全然分からないんですけど」


畳の下って床下収納か何かなんですか? 

って言うか、この部屋そこまで改造してるんですか? お金かかりすぎですよね? 来期以降の生徒会長がこの部屋使ったらどうするつもりなんでしょう。


「まぁまぁ、そんなこと気にしなくても良いではありませんか」

「良くないから聞いてるんですけどね?」

「そんな事より早く乾杯致しましょう?」


あ、ダメですね。

もう早く飲みたくってしょうがないみたいです。私の話なんか欠片ほども聞いてはいません。多分脳内が『ビール』に浸食されてますね、今の会長は……あれ、結構酷い事思ってるな私……気をつけないと。酒が入ったらポロッと口から出てしまいそうだから。


「はい、それでは――」


と、会長がビール缶(ロング500mL)を持ち上げたので、私もそれに倣って、私も缶チューハイを持ち上げて――やっぱり全然可愛らしくも、おしとやかさも無いですね『ビールのロング缶』って――


「――かんぱーい」

「……乾杯」


――そして、部屋にはカコンと缶がぶつかり合う音が響き渡りました。








「……んくっ……ごぐっ……ごぐっ――ぷはぁあおいしいしゃあわせぇっ! キンッキンに冷えてますわぁっ!」


……おかしいですね。ついさっきの『乾杯』はまだこうおしとやかさがあったと言うか、お嬢様がお酒をお戯れでお飲みになるならこんな感じかなってのが保たれてたのに、一気に、おっさんくさい言葉が出てきましたね……うぅ、また、『憧れ』が細かくすりつぶされた……もうすぐ、塩より細かい粒になってしまいそう。

っていうか……もうショックでツッコミが抜けそうになりましたけど――いやいやいやいや『キンッキン』に冷えてる、とかお嬢様が言う言葉じゃないでしょう……!?


「あの、会長……そんな言葉どこで覚えたんですか……?」

「? そんな言葉と言うのは?」


コテンと首を小さくかしげて、会長が愛らしく聞き返してきます。

うん、本当……『キンッキンに冷えてやがる』なんて言葉を言った人と同一人物とは思えませんね。


「えっ? これが作法だと、私、教わりましたわよ」

「……ちなみに、誰からですか? それ」

「専属のメイドですよ」


そう会長は返事をしながら自分の髪を、通気性の比較的良いポニーテールへと、纏めました――ハッ、違う! 白いうなじに気を取られてる場合じゃないッ!


「え、いや、あの……そのメイドさんにお酒の飲み方を教わったんですか?」

「そうですわね……んくっ……色々、その方から教わりましたわ」


うーんと……その方とは契約切った方が良いんじゃないでしょうか?

おおよそ自分が仕えているお嬢様におっさん臭いビールの飲み方教え込むメイドさんとか、あまりよろしくないと思いますよ? 決して口には出さないけど。


「――そういえば、これは今更の話かもしれませんけど。宮水さん」

「え、あ、はい。なんでしょうか?」

「宮水さんは、お酒を飲まれたことは、もちろんあるんですよね?」

「? はい、ありますよ? 確か、十二歳ごろにはもう、飲んでいた気がします」


質問の意図がよく分からなくて、言葉が上がり尻になる。どうして、わざわざそんな質問をしてくるんでしょうか。今もチビチビ飲んでるんですから、飲んだことない訳が無いと思うんですけど。あ、もしかして、さっき何を飲むかって聞かれた時に、普通にこれって言った事に疑問でも


――いや待って。

もしかして今、私――自爆した?


「あら、それは――いけない方ですね」

「えっ、あっ……! 違います! 違いますよ! 確かに十六より小さいころから飲んではいましたけどそれはほら何と言いますか私は決して非行とか親の目を盗んで飲んでたとかそう言う悪いことは一切していませんから! 実は田舎のヤンキーで河川敷で夜な夜なバカな友人と一緒に酒を煽って警察に見つかって補導されたとかそう言う経験欠片ほどもありませんから!」

「随分、リアリティのある言い訳を出されるのですね」


あっ、しまった……これあれだ。昨日、スマホで呼んでたヤンキー漫画の最初の一ページだ……なんでこんなに咄嗟に出てくるんでしょうかね。

とりあえず、正直に話をしましょうか。


「……その、私の家、実は居酒屋をやっておりまして」

「居酒屋ですか」

「はい。なので、両親が酒上戸で、小さい頃から普通に飲まされていたんです。さけは飲めるようになっておいた方が良いとかなんとか言われて」

「なるほど……ごくっ……では、宮水さんはサラブレットというわけですわね?」

「嫌ですけどね。酒飲みのサラブレットって称号」


……うぅ、出来れば言いたくなかった。

だって、『居酒屋』ってあんまりいいイメージ無いっていうか、いや、良いイメージを持ってる人の方が少ないから。まして、このお嬢様学園じゃ、隠しておいた方が良いバックグラウンドの一つな気がしていて――


「――でも、それは素晴らしいですわね」

「はい?」

「だって、居酒屋なのでしょう? この部屋のような、偽物ではない、本物の居酒屋を経営為されているのでしょう……! それは素晴らしい事だと、私は思いますよ」

「え、あ、はい……ありがとうございます」


あぁそうだった……会長は勘違いなされているんでした。

違いますからね会長? 居酒屋って良い所じゃないですからね? こんな静かできれいなところじゃなくて、仕事帰りのサラリーマンがガンガン騒いでるような場所なんですよ? 一生、教えるつもりはありませんけどね?


「それにしても、十二から飲んでいたのですか」

「う……それ、出来れば誰にも言わないでいただきたいんですけど」


確かに、法令上……というか、未成年飲酒禁止法には明確な罰則はないけれど、それでも、周囲に知られていい印象を持たれる情報じゃない。

だから誰にも言わないし、自分から話す様な事じゃない。


「勿論、誰にも言いませんよ。そもそも、私の『こんな姿』を知られている以上、話しても、私の方に何の得もありませんから」

「それは……その、助かりま――」

「――そ、れ、に」


そこで会長が、あの会長が私にいたずらっぽく、子供のように笑って――


「これでまた――秘密が一つ増えましたわね?」

「……っ」


一瞬、呼吸が止まって、その分の遅れを取り戻すように、心臓がバクバク騒ぎ立てる。

ドキッとした。ドキドキッとした。もうどうしようもないぐらいに、はっきり。


「……の、飲みましょう」

「え?」

「も、もっと飲みましょう……!」


そう言って、私は自分の分をゴクゴク飲みほした……いや、もうそれはもう、一息に、何もかも誤魔化して、喉奥に流し込む様に。


「ほ、ほら、会長も! 夜はこれからですよ! ねっ!」

「……ふふ。えぇ、分かりました」


そうニコニコ笑顔で会長がビールを飲んだのを確認して、私も、二本目に手をかけることにしました。そうして飲んでいく中で、おつまみが欲しいと言った会長が、床下収納……いえ、畳下収納から『きゅうりのたたき(ひえひえ)』とか『フライドポテト(あつあつ)』とか四次元ポケットよろしく取り出したときには理解できなくて白目向きそうになりましたけど、それでも、かなりのハイペースで私達は話をしながら飲み進めて。


いえ――飲み進めてしまって。


「ふへへぇ……宮水さぁん。美味しいですねぇ、おしゃけぇ……えへへぇ……」


……あっちゃぁ……飲ませすぎたよね……これ。




――――

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