第13話 居酒屋? えっ…居酒屋??

「あぁ……なるほど……? 確かにまぁ……それっぽい……いや、そうかなぁ?」


『居酒屋』と呼ばれた部屋に入って数分。

 私の口から、そんな感想がこぼれていた。通されたのは、多分リビングに当たる空間。私の寮室より三倍ぐらいは広い空間には、畳張りの座敷が広がっていた。

 その座敷へ入る前に、スリッパを脱ぐように一段段差が敷かれていて、四つほどの座布団で囲むように、中央には木の机……多分、高めの装飾たっぷりの机があった。

 窓には障子が張られているし、部屋全体は和風の間接照明で照らされている。掛け軸なんかも飾られていて、洋館づくりの室外とは全く違う空気間が、ここに広がっていた。


『居酒屋』って言ってたんだから、和室みたいな空間なんだろうとは思っていたけれど……私の中には、何で洋館の中に和室が、っていう疑問より、


 ―――本当にここを『居酒屋』って呼ぶのか、という疑問の方が強かった。


 いやだってほら……何と言うか……うん、綺麗すぎるんだよね、この部屋。


 とても綺麗なことに加えて、和室のなかに溢れかえっている高級感が『居酒屋』って名前に全くあっていない。

 例えば、こうして座っている座布団もあり得ないぐらいフカフカで、一応頑張って学業特待生になったような庶民から言わせてもらえば、こんなのが『居酒屋』にあるわけない。

 他にも、そう言ったところの畳と言えば、こぼれたお酒に、煙草の煙に、油汗で汚れているもの。こんなに青々としていて、けば一つない畳なんか『居酒屋』って単語に対して、とてもとても違和感まみれだった。

 というか、居酒屋に掛け軸とか、生け花とかはないんですよ会長……酔っぱらった酒酔い酒臭いオッサン方が暴れまわって壊しちゃうんですから。


 ……いやまぁ、居酒屋に入ったことなんて、そんなにないよ?

 お父さんを迎えに行った時ぐらいしかないんだけどさ……それでもわかる。

 会長が、明らかに何か勘違いをしていることは。

 漢字の意味を知らないで、「鯖」って一文字をプリントされた服を、COOL!JAPAN!と思って着ているアメリカ人並みの―――勘違いをしているんだよ。


 ―――きっと。


 でも、そう思ったところで……この事実を、勘違いを、一体、どうお伝えすればいいのだろうか。

 こんな室内が『居酒屋』じゃないと伝えたところで、私が会長に正しい『居酒屋』を見せるわけにもいかない。会長を、汚い酒とたばこの煙舞う空間へとお誘い差し上げるぐらいなら、死んでしまったほうが良い……もしかしたらもう、一生このまま勘違いしていただいた方が良いんじゃないだろうか? 多分、そんなにたくさんの人にこの『居酒屋』を見せびらかすことも無いだろうから……煙草の煙を吸わせるよりも、げぼに汚れた畳の写真を見せるよりも、このまま『綺麗な居酒屋』を維持してもらった方が良いのではない―――


「―――おまたせしましたわ、宮水さん」


 私がうんうんと唸っている間に、一度自室で着替えてくると言っていた会長が、ガチャリと部屋へ入ってきていた。

 その扉の音に、反射的に後ろを、入り口の扉の方を私は振り向いて、見たのだ。

 会長の姿を。


 口から出たのは、え、という一文字だけだった。


 ……別に、五分ぐらいこの部屋で会長を待っていたのは別に良い。

 着替えに時間がかかるのは、女性同士よく分かっているし、時間がかかればかかっているほど、貴重な会長の私服がどんなものか大きな大きな期待がかかるんだけど、だけど……いやでも……そのぉ……?


「ど、どうして……Tシャツに、ジャージを着ていらっしゃるのですか??」


 そう。会長は、サメの絵が描かれた半袖のTシャツに、灰色のショートパンツを着ていた。すらりと細い健脚が、膝上五センチからしっかりと見えてしまうようなものを。加えて、ロングの金髪はポニーテールに纏められていて、しかもTシャツの、襟の緩さもあって、鎖骨からその首筋の白さまでが、しっかりと目に入ってくる。


 なんだか、見ている所が思春期男子のようで嫌ではある。

 このお嬢様学園にはいない、教室で下世話な話をしているあいつらと同じになってしまうのは、なんとなく嫌ではあるんだけど……


 だけど、だけどさ!


 ……だって、だって仕方ないじゃない。

 いつもの制服はそれはそれは重装備。鎖骨など見えるチャンスも無いのだ。

 制服のデザイン上、体の膨らみが分からないようになっていることも相まって、シャツを押し上げる会長の膨らみにも目が行ってしまうんですよ同じ女なのに私が恥ずかしいんですよこっちが恥ずかしいよコートでも羽織ってくれませんかねっ!? 

 会長!?


 いや……だめだ、落ち着かないと……うっわぁ……気づかないで欲しいなぁ。

 ……どうか、歪んだサメの絵に向かった視線に気づかないでほしい。

 本当、恥ずかしさと申し訳なさで死んでしまうから。


 と、そんなことを恥じて懺悔している間に―――一発で飲み込めない返答があった。


「どうして、と聞かれましても……これがだからに決まってますわ」


 えっ、うん……え? さっきから驚きっぱなしなんですけど……え??


「え? せ、正装?」

「公式正装。フォーマルスーツ。ドレスコードにのっとった正装ですわ」


 そう私の問いに答えている間にも室内にあった小型の……これまた高そうな冷蔵庫を、会長が開いてガチャガチャと中身を漁っている。こちらに背を向けて、私に補足を重ねてくる。


「正装は正装ですわ。舞踏会にドレスを着ていくように、学園には制服を着ていくでしょう。それと同じですわ」

「サメのTシャツが……正装。あの、一体何のための正装なんでしょうか?」


 そう問いかけた瞬間。

 私の方に背を向けたまま、会長はガチャッと冷蔵庫の扉を閉めて、こういった。


「そんなもの……決まっているではありませんか?」


 そう言った瞬間に、ぐるりとこちらへと身を返し、今まで見てきた中で最上級の輝かしい笑顔と共に、こう答えをくれたのです。


「麦シュワするための正装にっ! だらけ切ってお酒を飲むための服装にっ!! 決まっておりますわぁっっ!!」


 左腕に缶を二つ抱え、右手にロング缶を掲げ、胸を張りながら会長はそう言った。ビールを三本抱えた会長は、もうどうしようもないぐらいにニッコニコ。


 無邪気なその笑顔が、心に抱えたことを相談できるから、とか、私と話ができるからとか


 ―――酒が飲めるという事実から来ていることは、出来れば認めたくなかった。

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