第8話 酒に酔うよりパニック
「どっ。どういうことなんですかっ! 会長!?」
「あの、
全校集会終了後、そのまま生徒会室へと入る私たち。直後に、私はトンッ、机に手をついて上体を乗り出し抗議する。
隣には、私の真似をしている三上さんの姿があった。
ぷくっ、と頬が少々膨らんでおり、その可愛らしさに衝動が緩みそうになるけれど、我慢だ我慢。
そんな私たちを困り眉で見つめる天吹会長。
「分かっています……勿論、説明しますから、とりあえず落ち着いてください」
「せ、説明してもらえるのはありがたいですけど……でも、こんな急に」
「そうです。事前の連絡も相談も無くこうも急に……まして、多くの生徒の前で告知されては、選択の権利を奪っているようなものではありませんか?」
そう静かに、それでも、芯が通った意見をいう三上さん。
あちゃあ……私には分かる。
多分、内心怒っているよ……結構、怒ってるよ。
ぷくって膨れた頬に似合わないぐらい怒ってるよ???
「その様になってしまったのも、勿論理由がありますわ。ですから、とりあえず座ってくださいな」
……本当に困ってしまったようなその表情に、仕方なく私たちは席に座って話を聞くことにした……そんな会長の顔も美しいと思うのは私が病気だからか???
憧れの病だからか―――と、そんな余計なことを思っていると。
「その……まずは、三上さんが言った通り、急な任命になってしまったこと、申し訳ありません。この点については……謝罪しか、私にはできません。本当に、ごめんなさい」
そう言って、ソファに腰かけたまま、会長が頭を下げた。
私としては、会長にそこまでされてしまったら何でもかんでも全部許せるけど……
多分、三上さんはそうじゃない。
「……そうは言ってもですね、会長」
「っ……はい」
「今回のように、事前の連絡なしに人を大勢の前に晒す様な行為はいただけません。確かにここはいわゆるお嬢様学園であり、基本的にはいい人しかおりませんが……それでも、結果、私達は好奇の目に晒されたのですよ? その点、どう謝罪をしてくださるんですか?」
思わず、ひえっ……となってしまうような口調だった。
最初っから最後までずっと静かで、冷静な言葉遣いなのに……
―――『圧』、だ。
『圧』が強いんだ……問い詰め方もなんだかとってもうまいから、会長も、それに対して―――
「……申し訳ありません」
―――としか言えなくなっちゃってる。
……み、三上さんって怒らせると怖いんだなぁ……っていうかどうしようこれ!
私止めたほうが良いのかな? 良いよねきっと……!
「確かに物事のほとんどは謝れば済むことですが、こればっかりは譲れません。ただ、一つ誤解のない様に言っておくと、私は別に生徒会役員に任命されようが、壇上に立たされようが構いません―――ただ、宮水さんに被害が及ぶのは看過できません」
「え゛っ??」
ちょっ、えっ、な、なんで私の名前が出るの三上さんっ!?
「生徒会役員に任命。しかも生誕祭の一ヶ月に……それだけの事実があれば、身もふたもなく、根も名も無く、根拠も証拠も無いクソみたいな噂が山のように立ちます」
えっ、今―――『クソ』って言ったっ!? そ、そんなに怒ってるのっ!?
「それぐらい、あなたにも分かっていますよね会長。貴方の一言は、この学園で、計り知れないぐらいの影響力を持つんです……宮水さんに危害が及ぶかもしれないんですよ……!」
「えっ、あっ、いや全然っ! 私は大丈夫なんだけど……」
「そういった噂話に『慣れてない』人間がどれだけの精神的苦痛を負うか分かっていらっしゃるんですかッ!? 答えてください会長ッ! ちゃんと話をして―――」
「―――す、ストップ、ストップだよ三上さんっ!」
「っ……しかし」
「わ、私は大丈夫! 大丈夫だからこれ以上会長を責めないでよ……」
「…………でも、ですね……」
……よ、良かった。とりあえず止めることが出来たかな。
でも、なんだか三上さん、すっごく悲しそうな顔をしてる……え、なんだろう。
喧嘩止めるの、不味かったのかな。
何て分かりっこないことを考えている、脳の反対で、余計な考えが浮かぶ……さっき三上さん『慣れています』みたいなこと言ってたけど、どういう事だろう……? 私自身、あんまり三上さんの事を知らないから分からないけど……もしかして、過去に何か凄いことを成し遂げたりしたのだろうか。
……って、三上さんの『圧』が会長から剥がれたその瞬間に―――
「……今回のことは聖アルテミス生誕祭を成功させ、この学園の品位と格を保つため……全生徒の為の行為なのです……だからどうか、話を全て聞いたのちに、ご理解いただきたいですわ」
―――するりと、会長が言葉を差し込んできた。
所々の語気を強調しながら、弁明するための前置きを終わらせたんだ。
……なんとなく上手いなぁ、って思ってしまった。
「まず、これだけ急に、かつ、事前の連絡なしでの発表になってしまったことの弁解から。実はここだけの話―――昨日、一学年の庶務の皆さんが皆、退会されてしまわれたのですわ」
「え……っ!?」
ほんのちょっとだけ私に目配せをして、会長はそう打ち明けた。
多分、その目配せは知らないふりをしてほしいという意味だろう。
「そうなってしまえば、通常の生徒会活動はおろか……聖アルテミス生誕祭一ヵ月前のこの時期に、人員が足りないことは明らか。まして、生誕祭に向けての業務は通常の数倍近くあります」
「………………」
「ゆえに、人員減少は致命的。生誕祭は開催されず、私はこの学園の歴史に泥を塗ることになります。それだけで済むならまだいいのですが……この学園に多大な寄付をしてくださっている卒業生や大企業にも、損と呆れを抱かせるかもしれません……最悪の場合には、学園が……いえ、何でもありません」
な、なんかすっごく不穏な言葉が流れてきたけど……え、最悪なくなっちゃうの?
こんな立派な学園が??
「……私は、そうしたくはありません。この学園に私のせいで、レッテルを張ってしまう事……それだけは、回避しなければなりません―――ゆえに、そのような事情から、三上さん、宮水さん……貴方たち二人を、臨時の役員として任命したい。そうお思っています」
そう語っていた時の会長は、酷く真っすぐな目をしていた。
意志と信念と覚悟。
絶対に、生誕祭を成功させると、させないといけないと……思っているような目。
……どれだけ大きな重圧が、その背中に乗っているんだろう。
「また……これは言い訳に聞こえるかもしれませんが、生徒会執行部を縛る生徒会則にはこう記述がありますの。『生徒会執行部に関連する業務を、執行部外の生徒に依頼する場合には、臨時の庶務役員と任命し、問題が無い限りは公平性を規す為、集会等で公表すること。依頼した業務については、公表を行った後にのみ実行が可能となる』と」
「……強制動員ですか」
そうあっさり言葉を返した三上さんの横で首を捻ったのは私。
うーん……どうも長々とした文は苦手で、一度で理解しきれない。
「間違ってはいません。ですが一つ、今回のようになってしまったポイントがあります。先程の会則を纏めれば、ついさっきの全校集会で公表を行わなければ、業務の依頼が最長一週間は遅れてしまいますの……勿論、臨時の集会を開いたり、掲示板に告知するという形も取れたのですが……」
そこで、口を開いたのは三上さんだった。
「―――監査会ですか?」
「えっ……! あ、えぇ……その通りですわ。生徒会を管理する、先生方五人によって構成される監査会により、もしその告知が「集会等」のレベルに達しない場合、業務の依頼が不適当と判断される可能性がありますの……要するに、集会に来た人が少ない場合ですわ……まぁ、きちんと告知をしておけば、万が一にも無いとは思うのですが……流石ですわね、三上さん」
「いえ、この程度は分かって当然かと」
「??????????????????????????????????????????????????????????????????????????」
……どうやら、話についていけていないのは私だけのようだ。
二人の間ではスラスラと、そして、疑問点なく会話が流れて行ってしまう。
これじゃ、まるで裁判を傍聴しているかのよう。
「さらに加えて……まぁ、これは当たり前ですが―――この学園の生徒だからと言って、誰にでも業務を依頼できる訳ではないのです。何かしらの肩書を持っていないと、不必要な追及が起こる可能性がありますわ。そのため、学業特待生である宮水さんと―――二年前、中等部生徒会長であった三上さんに依頼したいのです」
おや?今なんだか聞き逃せないワードがあったような…
「ええっ!? 三上さん生徒会長だったの??」
「……まぁ、もう二年前の話ですけれど、ね」
そう言って、静かに微笑む三上さん。
でもその笑みが、少しだけ悲しそうに見えたのは……多分気のせいなのだろう。
「……それでお二人とも……どうでしょうか…臨時の役員の依頼、引き受けてはいただけないでしょうか」
そう言って一度立ち上がり―――会長は、腰を折った。
「っ、会長!?」
これは……さっきの謝罪より重たい。
学園のトップが、深く深く頭を下げて……協力してほしいと、願ってきている。
「……どうしても、どうしても……! 私はこの学園を成功させないといけないんです……! 何があっても、私の全てを犠牲にしてでもなすべきことなんです……! だから、どうか……! 聖アルテミス生誕祭成功のために、どうか、お願い致しますわ……!」
言葉が重たかった。
その言葉の重みが、『どうしても』って言葉の繰り返しが―――
「―――いいですよ」
―――言葉を出させた。
「本当……ですか!!」
私たちの返事を待っていた会長が、バッ、と頭をあげた。
その表情には、喜びのキラキラが詰まっている。
―――けれど、
「あっ、いや……でも、本当にいいんですか?」
―――その次の問い返しには、申し訳なさが詰まっていた。
「……あの、お願いしておいて言うのも何なんですが……結構、大変ですよ」
「そうですよ宮水さん。生徒会活動は、本当に大変なんです」
と、会長は不安そうに、三上さんは心配そうに話しかけてくる。
だから、私はそのネガティブさを消し飛ばすように、こう補足する。
「私の返事は変わりません。会長に、最大限協力する、です。聖トリミアス生誕祭は私も楽しみにしていた所ですし……会長には大きな恩がありますから……昨日は、言いませんでしたけどね」
「っ……! あ、ありがとうございます……っ」
そう言ってあげた瞬間に……会長の顔が、明るくなった。
やっぱり会長は……そうやって笑っていた方が、何倍も似合っていますよ。
「……で、その……三上さんは」
「まぁ……宮水さんが協力すると言っているんですし……それに、
「!!! あ、ありがとうございますわっ!!」
瞬間に、パアッと会長の表情に花が咲く。
なんだかそれだけ喜んでもらえるなら……やるっていってよかったかな、と、ちょっとだけ嬉しくなってしまう。
―――だけど、
私の中は一つだけ、疑問が残っていた。
それは、どうして一年生のほとんどが退会して行ってしまったのかという点。
いずれ聞かなければならない以上は、今が良いだろうと、私がそれを口にしようとした瞬間に。
『カイチョー!!もう入ってもいいですか!!』
『ちょ、開けてくれるまで待ちなさいよっ!まだ先輩方話してるかもしれないでしょ!』
扉の方から聞こえてきた声に、意識と空気が持っていかれてしまう。
「あっごめんなさい……ちょっと待っていてくださいね。彼女たちは、残ってくれた生徒会役員ですわ」
と、会長が扉の方へと歩いて言ってしまった。
……仕方ない。また今度聞こう。
そう私は思って、会長たちが戻ってくるのを待っていた。
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