第3話 雑用は不幸を突き破る幸いとなるか
時間は進んで、放課後。
「……はぁ」
結局あのホームルーム中、何一つ意見を出せずに雑用を押し付けられた私は、トボトボゆっくり歩いていた。
向かう先は別棟。今いるのは、そこへとつながる渡り廊下だ。
雑用の内容は、アンケートが入った段ボール箱と、今日のホームルームの報告書を生徒会室へと届けること。だから私は、ストンと落ちた胸の前に箱を抱えて歩く。
報告書は、かばんに入れておいたから、それも肩にかけてただ歩く。
「……まぁ、仕方ないよね。うん、仕方ない仕方ない」
「すみません……こんなことになるのであれば、やっぱり昨日、宮水さんに一言お伝えしておけば」
私の隣には、三上さんがいた。というのも、私が「どうして起こしてくれなかったの」といったことに責任を感じてしまっているようだった。
「いいのいいの! さっきも言ったけど、私がぐっすり居眠りしていたのが悪いんだから! 駄目だよね、ちゃんと夜は休まないと……」
「……しかし」
「あ、でもこうして一緒に来てくれるの、とっても嬉しいよ。ありがとう」
「え……あ、いえ、そんなっ……! 特にお礼を言われるようなことでは……」
そう言ってちょっと顔を背ける三上さん。ちょっと頬を染めて恥ずかしがっているのだろうか。
その様子がまた可愛らしい。
お嬢様ポイント高得点だ。
そんな姿を見せられると、もっと恥ずかしがらせたくなってしまうのが本能だろう。
……まぁ、もしかしたら全人類で私だけが持つ本能かもしれないけど、別にそんなのどうだっていい。
今は、お嬢様を照れさせるのが第一目標なのだから。
さて―――どう
「そういえば……いつもありがとう、三上さん」
「な、何がでしょうか……?」
「だって、毎朝話しかけてくれるじゃない。わざわざ机の上の本を仕舞ってまでさ。嬉しいよ? そういうの」
「いえ、そんな……」
「今日だって、シャー芯もらったし、美味しいお弁当のおかず分けてもらったし、忘れたハンカチ貸してもらったし……他にもいろいろあるけど、一日で何度も助けてもらったし……ちっちゃいことだけどいつも助かってる―――ありがとう」
「ど……どう…いたしまして……です」
真っ赤になった耳から蒸気でも出てきそうなほどに照れる三上さん。
恥じらう姿も超絶可愛いのだけれども、少々、不審者に騙されないか不安になる位のチョr……感受性の豊かさだった。対して照れてしまうような言い回しでも無かったのに。
警戒心高めの庶民と違って、お嬢様はみんなこうだったりするのだろうか。
ていうか、シャー芯もらって、おかず貰って、ハンカチ貸してもらって……って。
あれ?
……もしかして私、三上さんに世話焼きしてもらわないと学園生活おくれない?
いや……いやいやいやソンナコトナイヨネ……うん……努力しよう。
と、そんなことをしている間に私たちは生徒会室へと到着する。
緻密な木彫りがなされた大扉の前に。
両手が塞がっている私の代わりに、三上さんがノックをしてくれる。普通の学校ならここで「失礼します」と扉を開けるだろうか、この学園では中から声を掛けられるか、開けてくれるのを待つのがマナー。
当初扉を開いてしまって、とある先輩に叱られてしまったのが、ちょっと懐かしい。
と、数秒後に、扉が開き、声が掛けられた。
『どうぞ、お入りください』
透き通った声だった。
「あらあら、ごきげんよう。生徒会室へとようこそ。本日はどうされまして?」
出迎えてくれたのは、
ニコリとこちらに微笑んで、丁寧にそう出迎えてくれる。会長自ら出てきてくれるとは思っていなかったことと、二メートルもない至近距離に、少々驚いてしまっていると。
「あら、よく見たら宮水さんではないですか。お久しぶり、ですわね」
「えっ」
「あら……お名前、間違えていますでしょうか」
「いえ、いえいえ合ってます……っ! お、お久しぶりです……覚えていて下さったんですね」
唐突にそう天吹会長が言ってくるものだから、驚きが増してしまう。
……よく、覚えているなぁ。
一年前に一度だけ話した生徒の、名前と顔なんて……私じゃ覚えてられる自信がない。
と、思っていれば……視線を感じる。
三上さんがえっ、という表情でこちらを見つめているのが伝わってくる。
多分、私と会長の間に何か関係があるのだろうかと考えている様子だった。
ごめん、違うんだ―――道案内してもらっただけなんだ。
「えっと、今日はアンケート調査の結果とホームルームの一次報告書の方を、持って参りました」
「ありがとうございます。それでは段ボールをこちらに渡していただいても?」
「あ、ご迷惑でなければ、中まで運ばせていただきますが」
「では、お願いいたしますわ。そちらの……三上さんもどうぞ中へ」
「えっ」
三上さんの小さな声も気にせずに、天吹会長が部屋の奥へと入っていく。
ひとまずそれについて、部屋へと入る。
さっきから驚きっぱなしの三上さんも、私の背中についてきた。
広い室内の中にはたくさんの机に棚と、業務を行う上で必要最小限のものが所狭しと並んでいた。そこだけ見るなら、少し豪華な会議室、と言ったところだけれど、一つだけ特徴的な構造があった。
奥に向かって三段分段差があった。一段目二段目は特に何かが違う様には見えないけれど、その一番奥の段には、木製の机が中央に一つ。
そこには、生徒会長と書かれた三角席札が置いてある。
……つまりこれは、段組みが、階級を示しているってことなんだろう。
「では、段ボールはこちらに置いておいてくださいな」
「あ、はい、わかりました」
室内には会長以外にも十人ぐらいの生徒会役員がいた。実質的な統治を行っている生徒会の事だからかな。全員してとても忙しそうに働いている。
多分、その働きの内容は、聖アルテミス祭への準備で間違いないとおもう。
この時期なら、間違いなくそうだよね。
この様子だと、会長が出迎えてくれたのはたまたま扉の近くにいたというだけみたいだ。
「……ごめんなさい、おもてなしの一つも出来ずに」
「いえそんな」
「皆さんお忙しそうですし、すぐにお暇させていただきます」
その宣言通り、私達はそさくさ退散しようとする。
「今度、時間がある時にでもいらっしゃってくださいな。美味しい紅茶とお菓子を、ご用意しておきますので」
「!! あ、ありがとうございます」
驚きの急展開急提案に、今すぐにでもお茶会を開きたくなるが……我慢しよう。
だって、本当に今は、忙しそうだから。
私達が部屋を出て、大扉が閉まり切る直前で、会長がささっ、と部屋の奥へと走っていくのが、生徒会の激務振りをよく示していた。
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