第2話 聖アルテミス学園
聖アルテミス学園には朝の恒例行事がある。
それも、毎朝必ず七時四十分におこる行事が。
校門の前には数多の女子生徒が、ソワソワと落ち着かない様子でたむろっている。
黒髪に茶髪、ポニーテールにショートカット。
朝練から抜け出してでも来たのだろうか、体操姿の生徒までいる。
それだけじゃない。明らかに一回り二回り小さい子もいる。
恐らく、中等部の子なのだろう。ぴょんぴょん先輩たちの肩から奥を覗こうとしている様子は可愛らしいことこの上ない。
他にもそれぞれ個性を持った女の子たちがよりどりみどりで並んでいるが、全員してある一点を見つめている。
「あ!いらっしゃいましたわ!!」
と、メガネに三つ編みの女の子が声を挙げる。それが引き金となったように爆発的に期待のボルテージが上がっていく。
そして、今か今かと待ちかねた彼女たちの前に現れる一台のポルシェ。停車と同時に扉が開き、ゆっくりと一人の生徒が降車する。カツン、と
瞬間、生徒たちのざわめきが停止する。誰一人として騒ぐことなく。
その目的は簡潔。
「ごきげんよう。皆さん、毎朝のお出迎え、感謝いたしますわ」
ハープの音色のような透き通った声を、聞き逃さないため。
そして当然、挨拶は返されるものだから、
「「「「「「ごきげんよう!!!天吹生徒会長!!!!!!」」」」」」
大合唱だ。
ピッタリと示し合わせたようなタイミングで行われた挨拶が、校舎にまでしっかり届く。普通に校門を通っていただけの生徒が、ビクッと跳ね上がるぐらいの大歓声。毎朝お決まりのコールアンドレスポンスだった。
カツンと、天吹会長が一歩を踏み出せば、モーセの伝承の様に群衆の中に道が作られる。
全方向から浴びせられる視線にも、一切の躊躇をせずに真っすぐと、校舎へと向かっていく彼女。
そんな彼女の尊敬具合は、ただ歩いているだけなのに、「きゃあああっっ!!」なんて歓声を浴びせられるほど。
まぁ、それも当然かもしれない。
なぜなら、この学園は小学校から高校まで十二年間制のほぼ完全エスカレーター方式であり、そこの生徒会長と言えば、総生徒五千人を束ねるトップ。
尊敬の塊のような人でしか成しえないような大役を、天吹会長は見事に完遂しているのだから。
「はぁぁぁ……今日もお美しいですわ」
「一瞬こちらへと笑顔を向けてくださいましたわ!はぁ、なんて運が良い日なのでしょう…!」
校舎へと会長の姿が消えた瞬間に挙がるのは、彼女の美しさを称える声の嵐。
それだけ、会長の人望力が凄まじいのだろう。生まれもった才能の暴力。きっと集また生徒たちには、まさしく女神の様に見えているのだろう。
これが、天吹 姫という人物。本日も、彼女はこの学園の模範、生徒会長として、素晴らしい一日を過ごすのだろう。
……………………………あ、ちなみにその群れの横を邪魔にならないように歩いているのが、私です。
いつも通りの光景だなぁ、という感想が浮かんでいた。何と言うか、五月蠅いとか邪魔とかそんな感情も浮かんでこないようになってしまった。もう慣れっこというか、驚き一つ感じないようになってしまっている。
だから、ちょっとだけ歩く速度を上げる私。
私は良く知っている。この後、女王の道となっていた女の子たちが、下駄箱に殺到するのを知っているから。
私は、靴を上靴へと変え、ロッカーへとしまう。トットッ、とずれを直し、階段へ。
聖アルテミス学園は、お嬢様学園。「聖」というその文字からわかる様に、宗教教育を行っている学校で、校内にも教会があったりする学園なのだ。
ヨーロッパ風の校舎の見た目自体は、あまり普通の学校と変わらない。
けれど、きっとその照明から、廊下に飾られた花瓶一つ取っても、庶民の私からすれば、うわあっ、となってしまう金額だったりするのだろう。審美眼が足りないから分からないけれど、お嬢様が弁償する値段が、庶民と同じとは思えない。
『お嬢様が弁償』なんて言葉はあんまり聞きたくないけれど。
ふと、踊り場のガラス窓に、私の姿が映る。薄い青色に黒のリボンのセーラー服。胸元には、百合の花を象った、高等部二年生を示す校章。スカートの裾は当然長め。
全国でここ以外にはない色合いの制服を着るそのために、この学園を目指す生徒もいるらしいけれど、どうにも私には似合っている感じがしない。それも、私の経済環境を考えれば、当然かもしれないけれど。
と、そんなことを思っている内に、あっさりクラスへと到着してしまう私。
「ご、ごきげんよう」
もう一年は言っているのにいまだ慣れないその挨拶。ガラガラと教室へと入る時に、言うのがマナー。上手く周りに溶け込めるよう努力しなければ、私なんかじゃついていけないような空間がここなのだから。
「ごきげんよう、宮水さま」
私が席へとたどり着くと、右隣から声を掛けられる。「さま」なんて大層な言葉尻にも、もう慣れてきた。
席替えという文化がないこの学園では、周囲に何とか一人でも友人を作るのが極めて大切。そのファーストコンタクトになんとか成功した唯一のお友達。
「ごきゅ……いてて。ご、ごきげんよう、三上さん」
「ふふ、大丈夫ですか??」
噛んだ舌の痛みをこらえている私に微笑むのは、
「だ、大丈夫大丈夫!ちょっと噛んじゃっただけだから……結構痛いけど」
「あらあら、であれば保健室に」
「そ、そこまで…じゃないかな!だいじょうぶ!」
「なら、良いのですけれど」
学園の中で、こんな他愛ない会話を交わせるのは三上さんただ一人。嬉しいことに敬語、というかお嬢様言葉で離さなくていいのは非常に楽。そんなことを伝えた時に、タメ口に合わせられなくてごめんなさい、と謝られてしまったのはちょっと衝撃的ではあったけれど、こればっかりは方言のような物だろうから仕方がない。
と、
「あっ、そういえばですが……宮水さま? この後、生誕祭での出し物を決めるホームルームがあることをご存知でしょうか?」
「え゛?」
その唐突な知らせに、ちょっときたな…ううん、はしたない声が出てしまう私。しかし、特に三上さんは気にする様子もなく話を続ける。
「あら、その様子ではご存じないようですね」
「……マジ?」
「はい。マジ、ですよ?」
トリミアス生誕祭とは、いわゆるところの学園祭。学園総出でトリミアスさんの誕生日を祝うお祭りなのだ。お嬢様たちが一番活発になる頃と言ってもいいかもしれない。
高等部では、来場する保護者や教育関係者、聖職者のために、クラス単位で出し物を行うのが義務付けられている。
だけど、一言で出し物と言っても求められるそのレベルはかなり高かったりする。だから、だから多くの時間を取ってクラスで話し合いをするわけなんだけど…
「………どうしよ三上さんっ!私、何も考えてきてないっ」
「大丈夫だと思いますよ?今日の会議は初回ですから、きっと決定までは至らないでしょう」
「そ、そうかな」
「えぇ……あ、でも昨日、宮水様がコクコクと船をこいでいる間に、しっかりきっちり考えてきてくださいねと、委員長さんが言っておりましたが…」
「ど、どうして起こしてくれなかったのぉ……」
そう私が悲鳴を上げた瞬間に、キンコンとチャイムが鳴る。
当然、始業の合図だ。席に着き始める生徒たちと対照に、一人が前方の壇上へと上がる。委員長さんだった。心の中の特撮怪獣が、ぎゃぁっ、と雄たけびを上げるよう。
「はい、それではホームルームを始めます。本日の議題はーーー」
あぁ、頑張ってくれ脳細胞。
なんとか、アイデアを、アイデアをひねり出してよっ!!!!!
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