第6話

朝8時くらいに空腹とカーテンから漏れる日差しで目が覚めた。寝返りをうつと、隣にはTシャツ姿の西田が仰向けでベッドに貼り付いたように眠っていた。上下する西田の胸と、半開きになった唇を見つめる。


 あと何回、こんな光景が見られるのだろう。俺たち付き合ってるの?西田と身体を重ねてから何度となく陸は考えた。西田に確かめる事はできなかった。


 陸の身体には証(しるし)がついていた。これは西田ための身体、という証だ。お互いに身体は隅々まで知っていたが、それ以外は知らなかった。


 間もなく西田も目が覚めて、交代でシャワーを浴びて朝ごはんを食べに出かけた。


 西田は陸に、ハンカチで口をふさぐように言う。確かに通行するバイクの数が多すぎて排気ガスで気持ちが悪くなりそうだ。片手で口をハンカチで押さえ、片手は西田に預けている。西田の手の温度や汗にうっとりしかけたところで目当ての店に着いた。


 ここでもすし詰め状態になって鶏肉のフォーをかきこむ。朝の乾いた身体に染み込む味だ。

 フォーを食べ終わるとカフェに移りベトナム・コーヒーを飲む。プラスチックの椅子が2つ前後に置かれていて、一つは椅子として使い、もう一つはテーブルとして使う。この質素な感じに俺はうれしくなってしまった。日本にいた時は練乳なんて苦手だったけど、独特な容器と雰囲気、旅先だからか珍しく美味しいと感じた。


 ホテルに戻り、部屋のドアが閉まった途端に西田の唇が陸の唇を開かせた。舌を使って練乳の濃厚な甘さを交換するように。


 唇を離すと、西田は陸を正面から抱きしめて肩口に顔を埋める。西田の両手が陸の背中から下がって臀部をぎゅっと抑えると、これから何をするか分かった。陸は自分の手を西田の手に添え、自分の臀部からそっと離した。

「俺、準備してきます」



 陸の身体。顔や腰回りには無駄な肉がないのに、肩や二の腕はムッチリしているのが好きだと西田は言った。陸は西田に背中から腕枕をされ、果てたままベッドに沈んでいる。視線の先には西田のムクムクした指。陸がその指に自分の指を絡ませると、西田は陸の、好きだという二の腕を甘咬みした。

「キレイな顔してるのに、男が好きで、エロくて、最高だよ」

 西田が俺の耳元で囁く。その感触が俺の下半身に熱を与えた。

「さすが、若いな」

 すかさず陸の中心は西田の手中に入った。不本意にも熱い息が陸の口からこぼれる。西田が手を上下し始めると、陸はできるだけ西田の指の太さや、手の肉付きを感じられるように自分の中心に意識を集中させた。

「……はっ…はっ…」

 声が出ることに気づいてベッドの中でうつむいたが、西田が陸の喘ぎ声を聞きたいだろうとすぐに気づき顔を上げた。陸のアタマの中を知ってか知らずか、顔を上げると西田が手のスピードを上げてきた。波が押し寄せるたびに声をあげた。

「こっち向いて」

 西田が耳元で囁く。陸は操られたように西田の方へ正面を向けた。陸の体液をローション代わりにして手と陸自身とを滑らせる。西田に顔を見つめられていると分かると流石に恥ずかしくなって陸は俯く。

 陸の感じるツボを心得た西田の愛撫。訊きたい言葉、言いたい言葉があるけれど、西田の反応が怖くて呑み込みつづけている。

 不意に体液にまみれた指が陸のアゴに添えられる。その指に誘われて顔を上げると満足そうな西田と視線が合った。

 耐えられない。

 視線を逸らすと西田のぽってりとした唇が視界に入り、その途端に俺は西田の手の中で果てた。


 西田は手の中の白濁を静かにすすった。その指で陸の顔に触れる。繁った眉毛、目頭の窪み、まつ毛、頬のへこみ。陸の顔のパーツに丹念に触れていく。

 陸は西田の手の上に自分の手を重ね、触れるのを制しようとした。

 「また反応しちゃうんで……」

 眉を下げる陸を見ると西田は微笑んだ。

 「陸の顔をあらゆる方法で記憶したいんだよ」


 そのあと二人はしばらく眠り、陸が起きない間に西田が遅めの昼食をテイクアウトしてきた。

 言葉の分からないテレビを流しながら、陸が西田の腰を跨いで動く。それぞれの性器で扱き合う。西田は先走り液をぶつかる二つの性器に塗ったり、陸の腹筋の凹凸を確かめたりしている。陸の肉体をたどる西田の指の感触が陸を昂らせる。陸はぼんやりと思った。自分の若さを西田が喜んでくれるなら、求められるままに抱かれていい。


 日差しを煩わしく思い、西日を部屋の日除けでやりすごした。それなのに暗くなった途端、夜のネオンを求めて陸たちは外に出た。

 

 朝とは違う小奇麗な店で肉料理を食べ、前日と同じようにまばゆい市場の中を冷やかした。雑踏の中でキスをして、部屋に戻れば、西田はまた陸を抱く。陸には下の準備だけさせ、汗ばんだ身体同士で抱き合った。陸の脇の下や太腿の付け根、腰や膝裏なんかの匂いをかぎながら痕を付けていく。陸の中に西田が挿入ってからは西田の肩を抱え込んで彼の項の匂いを吸い込んだ。


 ベトナム、ハノイ3泊5日。

 滞在中にしたことといえば、食事、セックス、睡眠。


 日本に帰ってきたあとも、陸はあの旅行を昨日のことのように頻繁に思い出していた。そう、何度も。ベトナム料理屋に積極的に行って思い出し、強い日差しを感じれば思い出し、真冬の独り寝の夜には熱を欲するように思い出す。


 一年経ったいまでも。


 西田の肌触りや匂い、体温を思い出して回想に耽溺した。

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