第5話

 ハノイの旧市街のホテルの外では、道路を埋め尽くすほどのバイクが行き交っている。決して新しくはないホテルの部屋に響いている愛の音を、エンジン音の和音がかき消し続けていた。


 部屋に着いたばかりで、二つのスーツケースは口を開くことなく転がったまま。初めての海外旅行である陸は、ホテルの部屋の内装や窓からの景色を堪能したかったが、西田がそうはさせてくれなかった。部屋の中に差し込む光は昼間の元気な陽光だ。


 ダブルベッドに腰掛け、陸と西田は舌を絡ませている。陸の左耳には粘膜と液体がぶつかる音、右耳には外からの雑踏の音が入り、脳の中でシェイクされる。陸はゆっくりと西田に押し倒された。陸は戸惑いの表情を西田に見せた。

 「最後まではしないから。でもとりあえず、久しぶりに陸を堪能させて欲しいな」

 西田は微笑んでそう言った。


 今回の休暇をとるために西田は2~3週間陸と会う事なく働いていた。陸は西田が会社員かどうか訊いたことがある。彼は商社勤めと言った。


 西田は、シャワーも浴びていない陸の陰茎に唇をつける。

 「…あっ…」

 久しぶりの西田の口内に、陸も早々に反応した。若さゆえ、旅立つ前日まで自慰行為を欠かさなかったものの、やはり男の口内というのは自分の掌とは違う。


 西田の舌が陸の陰茎に絡み付いて上下する。睾丸は彼の手に包み込まれている。

 西田にされるがままされながら、陸は天井を見つめる。異国情緒たっぷりの部屋、日本の住宅街ではあまり聞くことのないけたたましいエンジン音の数々。湿度と鼻をつく甘い香り。非日常であることを実感すると、陸の心と性感帯は解放され、快楽の海に沈み込んだ。


 ひと眠りして目覚め、シャワーを浴びてさっぱりすると、西田が夕食に連れて行ってくれた。

 

 ここでは相席は当然のことで、それほど大きくないテーブルを隙間なく客が囲って麺料理をすする。陸はベトナム料理といえば《鶏肉のフォー》くらいしか知識がなかったのだが、出てきたのは豚ひき肉の団子とネギとメンマのスープ麺。スープをすすると豚肉のコクが口の中にしみこむ。歯ごたえのあるメンマを噛みしめる。麺は米の麺だから中華麺よりはあっさりしていて、それにまたコクのあるスープが乗ってちょうどいい。


 夢中になってかきこんでいると、西田の視線を感じた。陸を見て満足そうな顔をしている。陸は恥ずかしくなって、下を向いたまま麺や具をかきこみ、どんぶりを煽ってスープを飲み干した。


 夕食のあとはデザートまで案内してくれた。デザートは豆腐花。ほどよい甘さともちもちしたタピオカで若い俺でも満足感を得られた。


 「よく来るんですか、ベトナム」

 ホテルに戻る道すがら陸は訊いた。訊きながら今さらだな、とは思ったけど。

 「出張でよく来てたね。程よく遠いし、メシは美味いし……で、出張がなくなっても年一回以上は来てるかな。現実逃避にはもってこいだろ?」

 西田はニヤリと歯を見せた。

 「現実逃避……」

 陸は思わず反芻した。

 「あと何年かしたらわかるさ、陸にも」


 風に当たりながらナイトマーケットを歩く。暗闇に映えるネオンや並べられた原色の商品の色合いに目がチカチカする。時差ボケするほど時差はないけれど、なんだかアタマがボーっとしてしまった。フワフワとした気持ちで歩いていると西田の唇が陸の唇をふさいだ。


その日の夜は移動の疲れもあってホテルに戻ってシャワーを浴びたらすぐに眠ってしまった。

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