第4話

 数か月後。


 学校帰りに空を見上げると、雲が砕けていることが増えた。冷えて乾燥した風が汗を乾かしていく。今年ほど秋って良いな、と思った時はなかった。冷たい風に吹かれると人恋しさを覚えるが、それを満たしてくれる人がいるからだ。


 決まったように金曜の夜に会い、食事に行って西田に抱かれる。若い陸の体調を必ず気づかってくれるのが嬉しかった。初めて陸を抱いた時も、どれくらいの経験があるのかを細かく訊いてきた。「無理させたくないからね」西田はふわっと笑ってそう言った。


 「陸、パスポート持ってる?」

  事後の、ベッドに沈んだままの西田が訊いてきた。陸はトロンとした目ですぐ隣の西田を見つめていたから、それを聞いて視界が一瞬でクリアになって思わず訊き返してしまった。

 「え?」

 「パスポート」

  パスポートなら身分証代わりに取得したのがまだ期限内だったはずだ。

 「あると思います……たぶんまだ期限切れてないです」

 「一緒にベトナム行かない?」

 「え?」

 「べトナムだよ」

 「え?」

 「陸、訊き返しすぎ」

  西田は肩を揺らして笑った。陸は思わず起き上がってしまった。

 「旅行っていうことですか?」

 「そう」

 頷きながら西田はまだ笑っている。

 「3月とか、その辺。陸もその辺なら春休み中だろ?一緒に行こう。連れてってやるから。航空券代出してあげる。安いやつだけど」

 「……そんな、悪いですよ」

 「いいよ、俺が連れていきたいんだから」

 西田は陸の手首をギュッと掴んだ。陸は自分の心臓も物理的に掴まれた気がした。

 「……はい」

 もうそれしか返事できない。

 「よし!決まり!」


 パスポートと荷物だけ持って来ればいいよ。西田はそう言った。空港内のカフェで待ち合わせ。前夜は緊張で眠れなくて、まどろんてきたのは明け方だった。寝坊しなくて済んだけど、緊張がとけるはずもなくずいぶん前から待ち合わせ場所に来てしまってた。初めての海外だから緊張してるのではなく、西田と二人で行くから緊張している。もしかしたら来ないかもーー来る事を期待しないようにした。だが西田は「お待たせ」と言って目の前に現れた。

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