第268話 矢印カムバァークッ


「キュワン!」


と、突然、矢印が一声鳴いて駆けだした。


私が反応する間もなく、あっという間に矢印の姿が濃霧の中に消えてしまう。


まって、矢印、まって。こんなところに置いていかないで。こんな己の手元すら覚束ない濃霧の中では、矢印だけが頼りなのよ。


必死に目を凝らして矢印の姿を探すが、霧が濃すぎて何も見えない。


すぐにでも矢印を追いかけたいのだが、足元の見えない状態で動くのが怖い。


今までは矢印が先行していて、前方に障害物や段差などはないと分かっていたからまだましだった。


けれどもその矢印は今いない。いや、前方にいるとは思うけれども、姿が見えないのだ。


前方ってどっちだっけ?私は今前を向いているの?


まっすぐ、真っ直ぐ歩けばよいんだよね。でも、周囲がまったくもって何も見えない状態でまっすぐ歩くのって意外と難しいのよね。


みんなも目を瞑って歩いてみればわかるよ。



『おお、帰ったか!・・・・・なんじゃ~、お主また熱射病かの?』


「キュワン!」


『それで、また探索者に助けられたのか・・・・・』


「キュウン!」



ど、どちら様ですか?声はすれども姿は見えず。


矢印と姿の見えない誰かの声が聞こえてきた。私は声の聞こえてきたと思われる方を向く。


先程まで前方だと思っていた方向からずれている。いつの間に身体の向きがずれたのだろうか。


と、思ったら、次の瞬間にまた違う方向から同じ人物と思われる人の声がした。


声質からして男性、それも結構なお年を召した方のようだ。


声の調子が優しそうではあるものの、姿が見えないことが不安を煽る。


何故声の聞こえてくる方向が一瞬で変わるのか。怖いよう。矢印カムバァークッ!!



『・・・ふむ。ここにたどり着いた者がいたならば、かの方との謁見の機会を与えると約束しておるからのう』


「クゥ~~ン」



私の不安も懇願もガン無視して話が進められている。かの方って誰なの?というか、ここはどこなの?


矢印はいったい何を思って私たちをこの場所へ案内したのだろうか。


助けたお礼と言うのなら食べられる(ここ重要)お肉とか、お菓子をくれれば十分だったのよ。


バロンの脅しがよほど怖かったのか、気合を入れて恩返しをしてくれるつもりなのかな。


でも私達にはかの方が分からないから、その人に会う重要性も分からないの。



いつの間にか風の音が止んでいる。そのことが余計に私の恐怖心を掻き立てている。


風の音がしている時は、すっごい音がする風怖いと思っていたはずなのに、いざ聞こえなくなると、それはそれで怖い。


もう風の音でも良いからカムバーク!



胸中を疑問と不安が埋め尽くしていく。それらを口に出す時間すら与えらずに、私たちは闇に包まれた。

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