第269話 ヴィーナスにしか許されない
耳の奥で水音が木霊した気がして閉じていた目を開けた。
けれども、目を開けても閉じても見える景色は変わらない。視界は一面真っ暗だ。
己が目を開けているのか閉じているのかも分からない。
どうやら、暑くて明るいところから涼しくて暗いところに移動したようだ。
肌の露出した部位に触れる霧が先程よりも冷たく感じる。温度差で風邪を引きそうだ。
それに急に暗くなったために何も見えない。ただどこからか波の音がするため、海の近くなのだということは分かった。
海か。たしか海があるのは北の国と西の国の間だ。西の砂浜は季節相応というか、特別暑くも涼しくもなかった。
この場所は涼しいことだし北の国にでも転移したのだろうか。
目を瞬かせて暗闇に慣れさせる。
うすぼんやりと暗闇の中に浮き上がるものがある。私たちの目の前には白い大きな貝殻のようなものがあるようだ。
人一人くらい余裕で入れそうな大きさの貝である。貝の下側には何故か車輪が付いている。
前方には取っ手。荷車に付いていそうな取っ手とそれに結わえられた縄が見える。
なんだ、これ。貝殻型の馬車か?
他に何かないか、周囲に人はいないかと見渡したが、濃い霧と闇に阻まれてよく見えなかった。
暗さと霧のせいで視界は最悪だが、私たちをこの場所に飛ばした推定老人と矢印は近くにはいなさそうだ。
声も気配も感じられない。
もし側にいるのならこの場所の説明とか、私たちを転移させた意図とか色々と説明して欲しかったが、いないのでは聞くこともできない。
視界が悪いので下手に動くこともできないし、どうしようか。
困り果てて見つめた先の白い貝が眩い光を放つ。
ちょ、目を攻撃するのはやめてください。暗闇に慣れていた目がすっごく痛い。私は目を押さえて蹲った。
『・・・・・・』
そんな私の隣でバロンが貝殻を睨みつけている。
少し前まで私の腕の中にいたはずなのに、何時の間に抜け出したのか。というか、バロンは眩しくないの?
貝殻の発光に目が慣れ始めた頃、光を放出し続けていた貝殻がゆっくりと開きだした。
中には人影があるようだ。霧が濃いためによくは見えないが、白く長い髪が波のように畝っている気がする。
この人物が姿の見えないお爺さんの言っていたかの方だろうか。
どんな美女だろう。美女だよね?だって、貝殻の中に収まった、その立ち位置は人魚か
これで枯葉のような老人が出てきた日には非難の嵐が吹き荒れること間違いなしだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます