第237話 臭い男


『・・・あの男、随分と臭かったな』


「臭い?」



いつの間にか寝具の側に置かれた長椅子の上で寛いでいたバロンが顔を洗いながら告げる。


猫が顔を洗うと雨が降ると言う伝承があるけれど、明日は雨だろうか。


私がこの世界で遭遇した雨は対大魔王戦の時の一階のみだが、おもちゃさん達に聞いた話ではこの世界の雨は大体あんな感じらしい。


雨によって視界は遮られ、さらに雲によって視界が悪くなる。雨音で聴覚も万全には機能しなくなるが、雨によって衣服や毛皮が濡れることはない。


雨に降られたからと言って、水も滴るいい男にはならないそうだ。


だから雨でも傘や合羽を用意する必要はない。しかし、視界は悪くなるので何かを探すのには向いていない。


まぁ、明日から探す幻の浦島さんの猫は幻なので、視界良好でもそうでなくても見つけることはできないだろうが。


むしろ、バロンを誤魔化すためにも雨の方が都合が良いのか。



おっと、顔を洗うバロンの姿に思考を乱された。


それで、えーと。バロンの言うあの男と言うのはセドネフさんのことだろうか。


私は特に気づかなかったけれど、バロンの鼻は不快な臭いを感じ取っていたようだ。


セドネフさんは珈琲でも飲んでいたのだろうか。


熱中症まっしぐらなこの国の習慣に何の疑問も感じてなさそうなセドネフさんは、私に会う前のあの公園の温泉で温かい珈琲を一杯嗜んでいた可能性がある。


そんな私の考察をバロンに伝えると、バロンは何も言わずに窓の外に視線を向けて黙り込んでしまった。


一瞬だけ合わさった瞳がお馬鹿な子でも見るような目だったような気がするのは見間違いだろう。


名推理を披露した私に対して、触れば割れそうな程に薄い氷の膜が張った水たまりの上ではしゃぐ子猫を見るような眼差しを向けるはずがない。



『・・・・・・』



木の幹の良な色をした足つきの寝具に腰かけて窓の外を眺める。


外はすっかり暗くなってしまった。


真っ黒な世界の中で、白みがかった橙色の光を発する街灯がぼんやりと周囲を照らしながらもその存在を際立たせている。


公園を挟んだ反対側にはセドネフさんに教えてもらった市場らしき建物が見える。


ここの市場は建物の中にあるそうで、雨の日でも安心して買い物ができる。


市場ではチーズに魚、果物、野菜、珈琲だけでなく少し変わった魔物の肉まで様々な品が手に入るらしい。


買い食いができるような店舗もあるらしいので、この国を発つ前に一度でいいから覗いてみたい。


歴史ある赤煉瓦の建物だけでも一目見たいな。


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