第230話 私のもふもふ・・・


『舐めておけば、そのうち戻るだろう。そんなことより早く進むぞ』



ショックから立ち直れない私とは対称的に、バロンは己の毛にそれほど興味がないようだ。


ちりちりアフロでも気にならない様子。いや、少しいつもと違う感触がするのかグルーミングの回数が多い。


けれども、それよりも南へ進むことを優先したようだ。


再度急かされて転移ボタンを押す。私のもふもふ・・・・。安全な街に付いたら櫛梳きしよう。どんな手を使っても私のもふもふを取り戻さなければ。


相変わらず念押しに余念がないウィンドウにはいと答えながら、決意にこぶしを握る。


それにしても、ごく稀に出会う強いモンスターとはどれだけ危険なのか。気になるけれど会いたくはない、複雑な探索者心。



蒼に沈む視界の端にこちらへ突進してくる牛の姿が見えた。


南の高台にいた蛇牛は大人しかったのに、牛のスターはかなり凶暴だ。


視界に探索者が入った瞬間に闘牛さながらのスピードで走り寄ってくる。


転移が先か、牛が突撃してくるのが先か、慌てた私の視界が蒼に塗りつぶされる。


こぽりと吐き出される息の音に混じって、牛の悲鳴が聞こえた気がした。が、空耳だろう。バロンは毛繕いで忙しそうだったし。





『・・・さて、子猫を探しに行くぞ』


「まって、バロンさん、待って」



南の大国に到着して、周囲の確認をしようと目を開くと同時に、バロンが口を開く。


バロンさんの頭の中をまたしても子猫が占拠してしまったようだ。


気がつけば陽が大分傾いてきている。ボス戦をしている内に本当の日暮れが近づいていたようだ。


もうすぐでボスフィールドと同じ空の色へと変わるだろう。



「一旦、宿で休もう?もう遅いし、探索は日を改めよう?」


今探索に繰り出したところで、すぐに夜がきてしまうだろう。夜通し探索するのは嫌だし、野宿も困る。


それに、せっかく新しい街にやって来たのだから観光もしたい。


なによりも、宿を取ってバロンをブラッシングしたい。



『子猫が我を待っておるのじゃぞ?』


「子猫も助けてくれた恩猫がアフロじゃ困惑するでしょう?」



わーい!助けてくれてありがとう!って駆け寄った恩猫が猫?と疑問視したくなる大爆発ヘアーをしていたら困惑するだろう。私ならする。


だから大人しく宿でブラッシングを受けて。私にもふもふを治療させて。



『むぅ』


「アイギスも気絶したままだし、今街の外に出るのは危険だよ」



アイギスは夢の世界に旅立ったまま、戻ってきていない。


よほど磯巾着の騒音が堪えたのだろう。夢の中でも騒音被害にあっているのか魘されている。


時々、両前足が耳に向かって伸ばされて、途中で止まり震えている様子はなんとも哀愁を誘う。



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