第227話 空飛ぶ磯巾着


「お?」


風を起こす時とは異なる様子で、ゆっくりと羽ばたいていた磯巾着が姿勢を低くし、身体全体に力を入れる。


重心が沈み切ったところで巨体が大きく伸びあがる。


それと同時に翼が力強く振り下ろされて、風を切るように持ち上げられ、また、振り下ろされる。



「と、飛んだ・・・!」


磯巾着に付いた蝙蝠のような羽は身体と比べてそう大きくなかったので、飛行能力はないと思い込んでいた。


ただの飾り、磯巾着を磯巾着から少しでも遠ざけるための装飾だと思ってた。


だって、天使や鳥人間の己の身長と変わらない大きさの翼では体重を支えられないため、彼らは翼だけでは飛べないとかなんとか言う話を聞いたことがあるもの。


60㎏の人間を支えるには30mを超える翼が必要なのだとか。


磯巾着の体重を知らないけれど、中身もそれなりに詰まってそうだし、翼の大きさも身体より小さいくらいだ。


どうやって飛んでるんだろう。ファンタジー?ファンタジーな原理で飛んでいるの?



「みぎゃっ」


ファンタジー怖い。あっという間に空中へ飛び立ったと思ったら、地上が悲惨なことになっている。


強風攻撃は風として認識できるだけましだったのだ。


飛行と同時に周囲へと衝撃波が広がり、落雷のような凄まじい音とともに地面がえぐれている。


衝撃波は木まで届いていないが、音の方は私たちにまで襲い掛かってきた。


耳が痛い。おのれ磯巾着、一度ならず、二度三度と耳への攻撃を重ねおって。


猫や兎の耳は繊細なんだぞ。大きな音はご法度なのだ。


バロンさん、あんな奴早く成敗してやってください!



「・・・・・・・」


なんて猫の威を借りて言ってはみたものの・・・・・・。


額に手を当てて、遥か彼方に見える磯巾着を見上げる。


目標物である磯巾着は現在、上空600mほどの位置を旋回中である。


磯巾着と地上の距離はかなり開いている。それなのに何故か、磯巾着が通過した後の地面は押しつぶされたように抉れている。


バロンは器用に磯巾着の直下に入らないように避けながら、上空を見上げている。


その距離約600m。さすがのバロンでも届きそうにない。



バロンによって頭部の数を減らされた磯巾着は、遠くからシルエットだけを見るとドラゴンに見えなくもない。今ならかろうじて多頭竜に見えるよ。


空飛ぶ多頭竜は格好いいな。風に揺れる頭だったものは邪魔だけど。腰蓑か?いや、首元だから斬新な首輪だろうか。


何でも良いから早く諦めて降りてきて、バロンに殴られてほしい。耳が痛い戦いはそろそろ終わってほしい。





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