第206話 たこ焼き食べたい
ゆっくりとスローモーションのようにヘル子さんの手が迫ってくる。
「キュ—————ッ!」
突如、ヘル子さんと私の間を引き裂くように叫び声をあげたアイギスが私たちの手と頭の間に割り込むように出現した。
アイギスは私の頭上で全身の毛を逆立てて威嚇している。いつの間に定位置へ戻ってきたのだろう。
「・・・え?・・・・アイギス?」
「ブッ!ブッ!ブッ!」
私の頭ではなくアイギスの背中を撫でたヘル子さんはアイギスの鬼気迫る様子にたじろいだようで数歩後ろに下がった。
そうしてできた空間にアイギスは跳び降りて前足を上げ、仁王立ちする。
しかし、胸毛の前に置かれた前足はすぐに地面へ降ろされて、今度は後ろ足が宙を掻く。
ダ——ン!と響き渡る足ダンの音に鷹の背に跳び乗ろうとチェレンジしていたバロンも戻ってくる。
『なんだ?』
「え?いや、何だろう?・・・・アイギス?」
アイギスはヘル子さん——じゃないな、何だろう?ヘル子さんの肩のあたりを睨んだまま動かない。
「えーと・・・猫ちゃんも戻って来たみたいだし、私も帰るわね?」
「え、でも・・頭・・・・・」
「うさぎちゃんの良い毛並みを堪能させてもらったし、ルイーゼちゃんを撫でるのは諦めるわ」
確かにアイギスの毛並みは極上だ。ふっわふわの柔らかな毛並みは一度触れば病みつきになり、何度でも何時までも撫でたくなってしまう極上の手触りだ。
しかし、それで良いのだろうか?本人が良いと言っているのだから良いのか?
「じゃあ、またね」
ヘル子さんは鳥籠を肩に担いで罠が仕掛けられたあたりに帰っていく。
大好きな蛇さんをテイムするために捕まえる作業へ戻るのだろう。
その背に手を振って見送る。きらりと遠ざかっていくその肩に背負われた鳥籠が太陽の光を反射して黒く透明な輝きを発した。
去っていくヘル子さんの背中のその向こうでは、探索者たちが砂の像を囲んで踊っている。
不思議な踊りだ。不思議な呪文?も断続的に聞こえてくる。
いとかあとか中国語で数でも数えてるのかな?ならばあれは中国式ラジオ体操か。
また、砂の像を囲む探索者たちの中には踊るもの以外にも叫び声をあげている者もいる。
少し距離のあるこちらまで聞こえてくる叫び声は絶叫に近いだろう。
何時息継ぎをしているのだろうと思うほどに長く高音の叫び声が風に乗って私たちの元まで届く。
他にも、あっちの人は急に狩猟本能にでも目覚めたのか、目につく生き物を手当たり次第に攻撃しているし、あちらの人は砂浜の砂を口に入れては咀嚼している。
腹ペコなのかな?飢餓状態なの?空腹時の私でもさすがに砂は食べようと思わないけれど、そんなにお腹がすきすぎてヤバいのだろうか。
『どうした?風車小屋とやらに行くのではないのか?』
砂浜を見つめたまま動かない私を不審に思ったバロンが小首をかしげながら聞いてくる。
いぶかしげな表情も大変可愛いなと思いつつも砂浜を見た感想を素直に口に乗せた。
「・・・・・・・たこ焼き食べたい」
『・・・・・・』
私の言葉を聞いた、その瞬間、バロンは真顔になった。
アイギスから表情が抜け落ちるのはよく見るけど、バロンのは初めて見たよ。
そんなに変なこと言っただろうか。まぁ、砂浜を眺めながら言う事でもないか。
なんかまた、食いしん坊め、みたな感じで呆れられている気がする。
早く風車小屋に行ってご飯を食べよう。そして南から帰ってきたら一度、西に行こう。
イタリアンが食べたい。海産物を豊富に使用したイタリアンを腰痛国で食べるのだ。
この間から雲丹とか蛸とか私の食欲を刺激しすぎだ。
「たこ焼き食べたいなぁ・・・・・」
『・・・・・・・』
バロンもアイギスもどうして先程から私と頑なに目を合わせようとしないの?
『・・・・・・・』
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