第141話 私の全力って・・・・・
バロンの跳躍、宙を飛ぶ蚊へ目にもとまらぬ速さで襲い掛かる。
しかし、バロンの動きを注視していた蚊はその規格外の速さをも視認し、素早く回避する。
仲間たちの死により形勢の不利を悟った最後の一匹は逃走へ意識を切り替えたようだ。
初撃をかわされたバロンが地面で体勢を立て直すよりもはやく、耳に残る不快な羽音を響かせて離れていく。
逃がしてたまるかとバロンは拳を繰り出したが、蚊が逃げ切る方が僅かに早かった。
またしてもバロンの拳は宙を切り、嫌な音を発生させる黒々とした姿はどんどん遠ざかっていく。
「うそっ、バロンから逃げ切った!?」
「きゅっ!?」
あの速さも怪物級なバロンから逃げ切るとはあの蚊やりおるな。
羽音を聞いて何度も叩こうと挑戦したのに倒せなくて寝不足になった苦い夜の記憶が思い出される。
蚊っていらっとするくらいすばしっこいよね。
バロンは林の中へと消えていった獲物の姿を無言で見つめている。これは、暴れるだろうな。
蚊を仕留めそこなった時の悔しさは私も知っている。またいつ忍び寄ってきて刺しに来るか警戒で神経がささくれ立つのも。
おもちゃさんにはバロンの殺戮に付き合わせるのも悪いので、先に村に行ってもらおう。
きっとバロンは逃がした獲物を忘れるまで延々と蚊を屠り続けるだろうから。
「おー、さすがズィッヒェルヴィーゼル!速いなぁ!・・・あいつら防御力も攻撃力もないかわりにむっちゃ早いんだよな・・・・・」
「え?」
此方に近づいてきたおもちゃさんに先に行ってもらうよう提案しようとしたところで、思わぬ情報がもたらされた。
あの蚊、攻撃力も防御力も弱いらしい。攻撃力は知らないけれど、防御力は何度殴っても倒れないくらい堅かったよ?
正直信じられない気持ちでいっぱいだが、おもちゃさんに嘘をついている様子はない。
「・・・防御力・・・・・・低いの・・・・?」
「ああ、俺でも一発で倒せる柔さだぞ」
否定を期待して呟いた言葉にもしっかりと肯定が返ってきてしまった。私の攻撃力ってそんなに低いの・・・・・?
「私の全力って・・・・・」
「まぁ、リアルよりも伸長低くするとその分、攻撃力も防御力も下がるから・・・」
おもちゃさんのフォローにならないフォローに思わず、無言で虚空を見つめてしまった。
現実よりも低いと?そうなんだぁ。でも、それ、変更してなければ関係ないんだよね?
ショックが隠せない私の耳に、バロンの『あれで全力?』とか驚いている声が聞こえてくる。
バロンさん、蚊を追いかけまわしに行ったんじゃないの?珍しいこともあるものだ。
そしてその気まぐれで私に追い打ちかけなくても良くない?
「よ、よし。今度こそズィーボルトに入るぞ!」
やけに張り切った声を出すおもちゃさんの先導で村の中、安全地帯へと踏み入る。
安全地帯と言えば、先程は動転していてそこまで気が回らなかったが、モンスターに見つかった状態で村の中に入っても問題なかったのだろうか。
幸い今は敵対していたモンスターをバロンが倒すか追い払うかしてくれたので懸念はないが、モンスターに追われたまま村に入ったらモンスターが村まで追いかけてきてしまわないのだろうか。
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