第140話 だるまさんが転んだ


まさかゲームの中で蚊を相手にだるまさんが転んだをするはめになるとは思わなかった。


後ろを向いたまま進めば、舗装されているわけではない地面だ、枯れ枝や石に足を取られて転んでしまうだろう。


しかし、奴らから目をそらせばあっという間に距離を詰められ、血を吸われ、謎の薬を塗りたくられてしまうだろう。


緊迫した睨み合いが続く。



睨み合いを続ける中で気が付いたが、視界に捉えているにもかかわらず距離を詰められたのは、瞬きの間に相手が動いていたからだ。


私が目を閉じる一瞬で移動し、私が目を開けている間は空中で静止している。


だから奴らは止まっているように見えるのに、こちらに近づいているのだ。



瞬きをしてはならない。瞬きをすれば、奴らに距離を詰められる。


じりじりと足を後ろに引く。後ろは振り向けない。だから足で地面を探りながら、後退を試みる。


視線は奴らに固定して動きを封じ、じりじりと、じりじりと、足を地面に這わせる。



「あっ」


右足に当たった石の感触に気を取られて、一瞬奴らから意識がそれ、瞬きをしてしまった。


限界まで開きっぱなしにしていた目が乾燥により痛みを発している。


一度閉じてしまった事で緊張が途切れ、何度も瞬きを繰り返してしまう。ようやく落ち着いて、奴らを確認すれば、



「近っ!?」


目と鼻の先に巨大な顔が迫っていた。近い。きもい。無理!


思わず右手で張り手を食らわせ、その場を飛びのく。効果はいまひとつのようだ。全然効いた様子がない。


うわっ・・・・私の攻撃力、低すぎ・・・・?



こんな大きな蚊に刺されて、謎の薬を塗られるとか嫌すぎる。


必死に両手を振り回し、一番近くにいた蚊を殴りつける。殴りつけるけど、蚊が全くと言っていいほどびくともしない。


せめて数センチでもいいから後退してほしいのに、空中で固定されているかのように動かない。



「さっすが幼女!弱い!」


え、いま何て言った?おもちゃさんが少し離れたところから聞き捨てならない言葉を叫んだ気がする。


目前の蚊にいっぱいいっぱいでよく聞き取れなかった。でも何となく、後で厳重に抗議しておこう。



それにしてもこの蚊、こんなにぽかぽか殴っているのにまだ倒せないなんて、頑丈すぎじゃないだろうか。


ひょろひょろと長い手足からして防御力も低そうなのに。



『なにを遊んでおるのだ』


必死に叩いていた蚊が一瞬で溶けた。バロンには防御力も耐久性も関係ないらしい。助かったよ、バロン。でも、遊びじゃないんだわ。



「全力で死闘を繰り広げてたんだよ・・・・」


殺るか食われるかの死闘だったんだよ。周囲に気を配る余裕がなくなるくらい必死で戦ってたんだよ。



私の訴えを黙殺したバロンは一匹目の蚊を瞬殺した勢いのままに、次なる標的へとビンタを食らわせる。


私の時とは明らかに違う音を響かせて二匹目の蚊が光の粒子へと変わる。バロンの視線が三匹目の蚊へと走る。殺気を察知した蚊が回避行動へと移る。



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