第114話 バロンじゃないんだし
遠ざかるアイギスの背中に向けて加持祈禱を発動する。
地面に添えた右手から橙色の炎がわき出し、左手に向かって円を描いていく。
その炎の中から不思議な形の文字が浮かび上がり、螺旋を描きながらアイギスの方へ飛んでいったと思ったら、アイギスに届く前に消えてしまった。
「え、不発!?」
加持祈禱は医術や応急手当と同じようにパーティを組んだ仲間に対しては視認できる距離にいればスキルをかけることが可能だ。
だから距離が遠くてスキルが届かないという訳ではないはずだ。
それに今発動したのは降魔印。悪魔を退ける降魔印ならば狐に操られたアイギスを開放することも可能だろう。
では失敗したのか、そう思い、リキャストタイム終了が終了し、スキルが再使用可能となった瞬間に,
再度アイギスに向けて加持祈禱を発動したが先程の光景を繰り返しただけだった。
そうこうしている内に、アイギスは何かを発見したように急転換し、飛び上がる。
そして落下の勢いをのせ、着地地点にいた黄色い何かに飛び蹴りを食らわせ、首元へ噛みつき、後ろ足で連続キックをお見舞いしている。
「おのれ狐!」
アイギスのもっふもふな毛が逆立って、邪悪なオーラが燃え立つ幻覚が見える。
こころなしか、目の色も赤く変化しているような・・・?
「ひえっ、怒りで我を忘れてるんだわ……」
じゃなくて、もしやアイギスは操られているのではなく、別の状態異常にかけられているのだろうか。
そう考えれば、昨日のアイギスの様子との違いにも説明がつく。
狐に操られた時のアイギスは私たち味方への攻撃を繰り返していた。しかし今は件の狐に対して執拗に攻撃を加えている。
アイギスは操られているわけではなく、加持祈禱の効果がない状態異常にかかっているのかもしれない。そうたとえば、怒りとか凶暴化とか怒りとか。
「おのれ狐おのれ狐おのれ狐おのれ狐・・・・・・」
推定怒りの状態異常に陥ったアイギスは呪詛のように同じ言葉を繰り返し、手当たり次第に虎要素零の狐へと襲い掛かっている。
跳ねては噛みつき、跳ねては蹴り飛ばし、跳ねては百裂拳ではなく蹴りをくらわせる姿はどう見ても異常だ。早く状態異常を解除しないと。
怒りなどの精神に影響する状態異常を解除するスキルに心当たりはある。
精神分析だ。精神ってついているからきっと今のアイギスにも効果があるはずだ。さあ、はやく精神分析。アイギスに精神分析をっ。
「・・・・・あれ?」
私は確かに精神分析を取得し、アイギスに精神分析を使ったのに、アイギスは狐を蹴る作業を止めない。
精神分析を使用した分のMPが消費されて減っていることから私がアイギスに精神分析をかけたことは間違いない。
精神分析を使った時のエフェクトだって飛んでいた。けれどアイギスは嚙みつき亀のように狐に噛みついたまま離れない。
操りとか憑依などによってモンスターを攻撃しているわけでもなく、怒りや凶暴化などの状態異常によって我を忘れているわけではないとすると、アイギスは己の意思で修羅の国へと旅立っている?
そんな、まさか。バロンじゃないんだ。アイギスが自分からモンスターに積極的かつ執拗に攻撃をしつづけるわけないでしょ。
バロンじゃないんだし、アイギスはそんな凶暴じゃない。
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