第103話 サービスショット
「朝ごはんはどうしようか?」
このまま風車小屋でポーチの中のものを食べても良いし、街に戻って何かを買って食べても良い。
二匹の意見が聞きたくて視線を送れば、バロンは二度寝の姿勢に入って目も開けずに答える。
『任せる。好きなものを食べよ』
まぁ、バロンがそう答えることはなかば予想済みではあるけれども。
諦めて頭上のアイギスに意識を向けたが、アイギスは脱力したまま動く気配もない。疲れてるのね。そっとしておこう。
何故か扉の前で掃除中のようにまとめられた椅子と机を定位置に配置しなおし、ハンカチを広げた机の上にあったか十字パンを乗せる。
パンの隣にアイギスを設置し、バロンの分の朝食は寝台脇のもの置台の上に用意する。
両者の視界を遮るように置いた椅子に座り手を合わせていただきます。
特にいただきますの魔法は存在しないけれど、ごちそうさまをするのならいただきますだってしたい日本人の習慣である。
バロンはいただきますはせずに目の前の食事をお上品に食べ始め、アイギスはこちらの様子を確認しながら私の真似をして両手を合わせた後に豪快にパンを頬ぼっている。
若干パンに顔を埋めつつも口いっぱいにパンを詰め込み、少し動きを止めたら、頬全体を動かすように詰め込んだパンを噛みしめている。
その際に口に入りきらなかったパンが屑となってぽろぽろとこぼれるのはご愛敬ということで。一生懸命食べてるの可愛いなぁ。
自分の分の朝食を食べ終え、食後の一杯でべたべたになったアイギスの口周りを拭いて、ごちそうさまの魔法を発動させる。
アイギスが両手をこするように動かすのに合わせてアイギス専用となったハンカチについた汚れも消える。
顔を洗う二匹を思う存分堪能して出立のための支度をする。
ポーチの中から手鏡を取り出して服装等に乱れがないことを確認、アイギスを頭上に装着して、バロンを抱っこ、しようとして拒否られたので自由な両手で寝具を整える。
そうしている間に、抱っこ拒否なバロンさんはご機嫌で尻尾を立てて扉の前に歩いていく。
扉の前に着くと早く開けろとばかりにその場でちょこんとお座りする。
ふさふさ尻尾はお上品にも揃えられた前足に巻き付いている。その様子を見て確信した。
こいつぁ扉を開けた瞬間に外へ飛び出してひと暴れしそうだな、と。
バロンの気分次第で東への出発がもう一日ずれ込むことも覚悟して、入口側に設置された小型の鐘を振る。
この鐘は振っても音が出ない。
もしかしたら人間には聞こえない音域の音が出ているのかもしれないが、少なくとも私の耳には何の音も聞こえてこない。
小型の鐘と言うと演奏に使う楽器か、もしくは誰かを呼ぶための呼び鈴として使われるイメージがあるが、音の出ないこの鐘は楽器でもなければ呼び出しのための道具でもない。
鐘を振ると不思議なことに、外から持ち込まれた土も、従魔の抜け毛だって、きれいに浄化される。とっても便利な魔法の鐘なのだ。
風車小屋を使用したら使用者の嗜みとして小屋を出る前に鐘を振ることが慣習となっているとクロウさんは言っていた。
外を歩いても靴底に土がつくこともないし、抜け毛も出ないけれども、鐘を振ると室内が浄化されたなという気持ちになるので使用者にとって大変大事な儀式である。
心なしか綺麗になったように感じる室内を眺めながら頷く私に焦れたバロンが声を上げる。
「ぅなぁぉ~~~~~~!」
後ろ足で器用に立ち上がり、前足でかしかしと扉をひっかく動作を繰り返す。爪は出ていないので扉に傷はついていない。
「ごめん!バロン、すぐ開けるから!」
と、言いながらもバロンにバレないように少しだけゆっくりした動作で扉に近づく。
バロンは扉に両前足をついたままこちらを振り返ってみている。可愛い。
私猫の前足が好きなの。
膝に乗せた猫をね、後ろから抱きしめて頬っぺたをくっつけ合わせた後に、私の太ももに肉乳スタンプを押してくれてる前足を捕まえてすりすりするのが好き。
間近で見る猫の前足が凄く可愛いの。
そして今扉に添えられたバロンの前足が扉を開けるまでは見放題。なんだそれ、楽園か。
サービスショットありがとうございます。
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