第95話 突然の無茶ぶり


汚れと言ってもこの世界で地面の土が衣服や表皮を汚すことはない。


事実、アイギスと出会った時に東の草原で転んだが手足に土が付いたりはしなかった。


地面を歩いた後のバロンやアイギスの足の裏を見ても土汚れもない綺麗な肉球だったし、この世界で真っ白な毛皮が汚れる機会はほとんどない。


老廃物が排出されることもないようで、トイレなどの施設も存在しない。



そのため、アイギスの毛皮が汚れるのは専ら食事の時のみである。


口周りに食べかすなどが付いても気にせず食べ続けるので、食後に口周りを拭くことが日課となっている。


しかし、この世界には食べ物があっても残飯は存在しないので、ごちそうさまと手を合わせた瞬間に汚れた布巾は洗いたての美しさを取り戻す。


便利なことに、食事を包んでいた包装紙や骨などの可食部以外の部分もその時ともに消える。


これを密かにごちそうさまの魔法と呼んで有難がっている。食事のたびに汚れるハンカチを洗濯するのも大変なので。



アイギスの装備をはずし、近くの台の上に置く。そして、ゆっくりと頭上に置いた手を背中側に移動しならくように毛のほつれがないかチェックしていく。


指通り滑らかで長い毛のどこにも引っかかることなく確認を終える。ブラシいらなかったかな。


そうすれば手で梳き続けてこの幸せな時間が終わることもなかったのに。でも、櫛で梳くことでマッサージ効果が期待できるし、毛艶も良くなる筈だ。



素早く優しく全身の毛を整えていく。


どさくさに紛れてバロンの時には触り損ねたお腹も撫でまわしつつも、ブラシを滑らせる。


進化したアイギスの毛は柔らかさをそのままに増毛し、さらに一本一本が長くなっている。進化ってすごい。進化って素晴らしい。



膝の上のアイギスは特に暴れる様子もなく大人しくブラシを受け入れてくれている。


猫の場合はタイミングを間違えたり、梳き方が下手だったりしなければブラッシングを心地よく受け入れてもらえることが多い。


というのも猫にとって毛づくろいは己でする以外にも他の猫からしてもらう愛情表現の一種らしいのだ。


しかし、ウサギの場合、臆病な性格の子が多いため慣れないうちは触れ合いに恐怖を感じてしまい、猫と比べるとブラッシングが嫌いな子が多いようだ。


慣れると気持ちよく受け入れてくれることもあるようだが、ブッラシング初心者のアイギスはもしかして嫌だけど我慢して受け入れてくれているのかもしれない。


あまり長時間拘束しないように気を付けて、終わったらおやつを上げることにしよう。


もちろん先に櫛梳きさせてくれたバロンにもおやつを用意するよ。おやつを食べてる間は何もない空間を見つめる作業もやめてくれるよね?



バロンはアイギスをブラッシングしている間中、ずっと壁の一点を見つめ続け、私の恐怖心を煽ってくれていた。


なんて言ったっけ、これ。フェレンゲルシュターデン現象?どこかの博士が自分の名前と愛猫の名前から名づけたんだっけ。


見えない何かを見ている現象。・・・見えない何かって何?そこに何がいるの?バロンさん?



アイギス、おやつあげるから、おやつあげるからレッツゴー!で陰陽師歌って。あの曲をBGMにドーマン・セーマンをきらないと怖くて眠れないの。


「っきゅ!?・・・・ごめん、ルイーゼ。僕それ知らない」


突然の無茶ぶりリターンズ。ごめんね、アイギス。恐怖で錯乱して訳の分からないことを言い出す主人で本当ごめん。歌えなくてもおやつはちゃんとあげるよ。


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