第96話 どこ見てんのよぉ(泣)
「・・・・・・」
アイギスへおやつを上げる前にバロンへ先におやつを献上しないとバロンの機嫌を損ねる恐れがある。
しかし、虚空を睨み続けるバロンへ声をかける勇気がでずに、視線がバロンとバロンが見つめる壁を行ったり来たりしてしまう。
バロンさん、寝る前に醸ジュース一杯いかがっスか。いや、何処の下っ端構成員だ、これ。もっと良い言い方があるはずだ。
バロンさん、こちらで一緒に寝酒を楽しまないかい。・・・新手の口説き文句っぽい何かになってしまった。違う。こうじゃない。
バロンにかける言葉を探してうー、うー唸っている内にこちらの異変に気が付いたバロンが振り返り、金色の瞳と目が合った。
咄嗟に、醸ジュースの容器を差し出しながら一言。
「君の瞳に乾杯」
『・・・・・・・』
あ、いや、違うんです。何が違うのか分からないけれど違うんです。
だから無言で見つめてくるのやめてください。
微妙に目線が合わない状態で若干背後を見るように無言で見つめられると、先程まで何もない空間を見続けていたこともあいまって怖いんです。
背後を振り返りたくなくなるくらい怖いんです。アイギスをそっと背後に配置するくらい怖いんです。お願いやめて。
「醸ジュース・・・の、飲みますか・・・・・?」
『うむ』
沈黙への恐怖で普通に醸ジュースを勧められた。バロンは言葉少なに受け入れて醸ジュースを飲み始めた。
視線が空間から解放されたことに安堵しながら、待たせてしまったアイギスを背後から斜め横に移動させる。
「アイギスはあったか十字パンの方がいい?」
寝る前に食べるおやつにしては多い気がするが、アイギスの好きなものと言ったらドライフルーツたっぷりのあったか十字パンなのでそう提案する。
「僕も醸ジュースでいいよ」
アイギスも多いと感じたのか、それとも寝る前に食べ過ぎて太ることを恐れたのか醸ジュースをリクエストする。
・・・別に、太ってもバロンと鬼ごっこさせたりしないよ?
アイギスの容器に醸ジュースを入れて、自分用の容器にはミルクティーを入れる。
現実なら歯磨き必須だが、口の中の汚れもごちそうさまの魔法で消えるので問題ない。現実にもあれば良いのにこの魔法。
各々飲み終わり、手を合わせてごちそうさまの魔法を発動させる。
後ろ足のみで寝台の上に立ち、前足を擦り合わせるようになむなむする二匹は破壊力抜群だ。
アイギスは手を合わせた後、二つの前足で耳の付け根から顎までを何度も往復させて顔を洗っている。可愛い。
バロンは合わせた前足を軽く上下させた後、左前足は寝台へおろして右前足で円を描くように顔を洗っている。ぎゃん可愛。
二匹の愛らしさ全開なお姿を拝見できて満足したところで今日は寝よう。
それにしても何でログアウトしたくないと思ってたんだっけ。ブラッシングしたかったからだったかなぁ。
なんか鶏肉がどうとか言ってた気がするけど何だったかな・・・・・あ。
何故自分は余計なことを思い出してしまったのか。
ついでに顔を洗うのをやめたバロンさんが空中を睨む作業を再開していることにも気が付いてしまった。
でも、もうログアウトの時間だ。諦めて自分一人の部屋で寝るしかない。
もう、こうなったら、今日はレッツゴーで陰陽師を聞きながら寝よう。
睡眠妨害も良いとこな曲調だけど悪霊退散って言ってくれる声がないと怖くて眠れないから仕方ない。
おやすみ、二人とも。次にログインする時には虚空を見つめる作業は中止していてね。
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