第94話 愛撫誘発性攻撃


初めてなので、まずは嫌がられることの少ない頬のあたりを狙おうか。


耳の下とかブラシで擦られると気持ちよさそうにする子が多いんだよね。ふふっ、ここか、ここがええのんか。


ひゃっは~!顎の下と胸毛も梳いてやるぜ~!気持ちええやろ、なぁ?澄ました顔をしても無駄だぜ、ゴロゴロ音が聞こえてきてるぜぇ。


お次は背中だ~!首元から尻尾の先まで流すように一息で梳いてやるぜ。ふっ、気持ち良かろう。


長年、猫を飼い続け、毎日猫を梳いて鍛えたこのテクニック!とくと味わうが良い!


よっしゃー!最後はお腹だー!お腹は優しく丁寧に。猫のお腹には雄でも雌でも乳首が八つほど存在する。


ブラシで突起を引っ搔くと猫が痛がるので当たらないように注意しながら、ゆっくり優しく梳いてやるぜ!



「!」


お腹を梳くついでに、こっそり柔らかな毛を堪能してやろうとした所で、バロンの尻尾が寝台を打ちつけた。


依然として気持ちよさそうな喉が鳴る音は聞こえてくるが、耳が若干下向きにたたまれ、尻尾が小刻みに揺れ始めている。


や・め・ろの合図だ。これを無視して梳き続けると猫に怒られる。愛撫誘発性攻撃というらしいが、やめ時を間違えると猫に攻撃されて怪我をする。


バロンの攻撃とか生き残れる気がしないのでこうしたサインを見逃さないように注意しなければ。バロンから手を離し、ブラシもポーチの中にしまう。



身体が自由になったバロンは薄目を開けて私の様子を確認した後に、寝台の端の、ぎりぎり手足が届くくらいの位置で腕を枕に丸くなった。


円を描く身体の真ん中、お腹の部分に手を差し込みたい衝動に駆られるのを必死に我慢し、もう一匹のもふもふへと視線を移す。


アイギスはバロンのブラッシングを始める前から変わらず扉の前で見事な土下座を披露している。



バロンの魅惑のお腹を触り損ね、ブラッシングもできなかった部分も存在し、消化不良のもふもふ欲が残っている。


これを解消するためには更なるもふ分の補充をしなければならない。



見つめ続けてもアイギスの顔が床から離れる様子はない。寝ているわけではないだろう。


小さく揺れ続けている耳の動きは寝ている時のそれではなく、同じ姿勢を続けることで酷使された筋肉が悲鳴をあげている時の揺れだ。


辛いのなら顔を上げればよいと思うが、上げた瞬間にバロンと目が合った場合を考えると恐怖で動き出せないのだろう。


先住猫の恐怖政治にさらされる後輩を助ける方法を誰か教えてください。いや、バロンだって悪くないんだけどね。



凝視する圧に負けたのかアイギスが恐々と耳の隙間からこちらを見上げてきた。


上目遣いで震えながらこちらを見るアイギスも可愛いな。


アイギス専用のブラシを構え、笑顔を返す。アイギスはこちらを窺う姿勢のまま数秒間固まった。


心配しなくてもバロンは見てないよ~。なんか壁を見つめたまま動かなくなってるよ~。本気で怖いからそろそろ動いてほしいよ~。



私の念が通じたのかアイギスがそろそろと寝台に近づいてきた。


ありがとう、アイギス。本命はバロンに動いてほしかったんだけど、アイギスがそばに来てくれて心強いよ。


虚空を見つめ続ける猫のそばに一人でいることが耐えられなくなってきていたので、アイギスの存在がありがたい。



「アイギスもブラッシングしようね~」


のそのそと膝の上に乗って来たアイギスの頭を優しくなでて、かるく全身を確認する。


毛玉ができている様子はなく、汚れが付いている様子もない。耳もきれいな桃色だな。よし。



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