第89話 真反対にワープしてしまう体質
うん。武術をたしなむ神父様は存在する。
丸メガネの神罰の地上代行者とか動揺すると素数を数えだす神父様とか種々雑多な神父のキャラクターたちが流星のように脳内を駆け抜けていく。
えーと、荒川橋の下にいるのは神父様じゃなくてシスターだっけ?とにかく、強い神父様は空想世界のキャラクターだけどたくさん存在するのだ。
クロウさんがその仲間入りを果たしたとしても不思議はないだろう。たぶん。
『・・・・・・』
バロンの答えを聞く前に運河に泊まる客船の影を見つけた。
軽く周囲を探しても、やはり迷子のお兄さんの姿は見えない。今日はもう夜も近いことだし、メイゴスさんを探すことはあきらめて別の人に運んでもらおう。
船に乗るおじさんに東門へ行くことを伝えて半額になった料金を支払う。
船守のおじさんは心得たと言うように私の左手を彩るリボンを確認して料金を受け取り出発する。
薄暗がりの中、船の動きによって揺れる運河の黒々とした水面に運河を挟む家々に灯された燭台の光が反射して、赤や黄色の光を分散させている。
軽快に走る船に巻き上げられた水しぶきが星のように瞬いて後方へと流れていく。
両隣に見える窓には次々と明かりが灯っていき、夜の訪れとともに家族の団欒の時間へと時が移ろっていくのを感じる。
幻想的な光景をしばし眺めて、先程の会話が途中であったことを思い出す。
「・・・・・」
横目で確認したバロンは私の肩の上で脱力し、景色を見るでもなく目を瞑って長い毛と耳を風に遊ばせている。
声の届く範囲に人がいる限りはバロンが口を開くことはない。船守のおじさんと同船している現状では先程の答えを聞くこともできないだろう。
バロンからの回答を諦めて前方へと視線を戻す。
いつもは船が進むまま身を任せて気にすることもなかったが、改めて運河を観察すれば完全な直線という訳でもないようだ。
メニューから地図を呼び起こし運河の形を確認するとわずかに曲がっていたり、歪んでいたりしている。
だからメイゴスさんも迷ったのだろう。さすがにどんなにひどい方向音痴でも直線では迷わない、筈だ。
微妙なまがり道やくねり路に惑わされて気が付けば180度回転してしまったのだろう。
良かった、直線を走っていたのに真反対にワープしてしまう体質とかでなくて。
メイゴスさんの迷子癖改善に光明が見えたところで船は東門へ到着し、私たちは船を降りて東門からフィールドに出た。
月影がやわらかに草花を照らし、暗闇の中で淡く輪郭をにじませた草花が風に揺られ囁きあっている。
気づかぬうちに雨でも降ったのだろうか、そよ風に遊ぶ草葉を伝う水滴が月光を受けてきらきらと瞬き、その重みではじかれて金とも銀ともつかぬ輝きを四方に散らしている。
夜の訪れだ。早く風車小屋に避難してログアウトしなければ。
はやる気持ちのままに風車小屋に向けて駆けだす。
幸い、猫獣人である己は夜目が利き、やわらかな月光が降り注ぐ草原ならば灯りを持たなくとも移動は可能である。
バロンとアイギスも夜目が利く生き物であるため移動に支障はないし、そもそも私が乗りもの役を買って出ているため見えなくとも問題ない。
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