第87話 パティピーポー
「甲乙丙丁戊己庚辛壬癸・・・十干は五行と陰陽の組み合わせで、木の陽と陰、火の陽と陰、土、金、水と続き、これらの十の属性を繰り返します」
クロウさんの指が表に描かれた木や火などのイラストをなぞっていく。
イラストでは木火土金水が二個ずつ並んでおり、後に続く絵のマスはうっすらと茶色く焼き跡がつけられている。
これは後の方が陰の属性であることを表しているのだろうか。
「各属性の一回目を兄とし、えと呼びます。そして、次に来る二回目を弟とし、とと呼びます。陽キャのえ兄さんと陰キャのと君と呼びましょう」
え?なんて?クロウさん、何て言いましたか?今。
おおよそクロウさんの口からは飛び出しそうにない言葉が聞こえてきて、思わずその優し気な顔立ちを凝視する。
陰キャ?陽キャ?パティピーポー?この世界にそんな言葉が存在することに驚くよりも、
クロウさんの語彙録にかような若者言葉が乗っていたことに唖然とさせられた。
「また、陽キャの兄と陰キャの弟、二人合わせて
もはや木簡には一瞥もくれずに、クロウさんの顔を穴が開くのではないかというほど見つめ続けているが、クロウさんは一切気にする様子もなく講義を続けている。
私の脳内ではパティピーポーな陽キャ兄さんが躍り出し、少し離れた暗いところで根暗な陰キャ弟君が体育座りでそれを鑑賞している。
イエーイ!エイ!エイ!エイ!じゃないよ、陽キャ兄さん。
弟さんが地面にとの字かいてるから。なぜかのじゃなくてとって書き続けてるから。気づいてあげて。
「甲乙丙丁戊己庚辛壬癸、木木火火土土金金水水、陽陰陽陰陽陰陽陰陽陰・・・・これが十干です」
クロウさんの声に導かれてようやく脳内ダンスホールから脱出できた。
最後まで陽キャ兄さんは弟の様子に気づくことなく踊り続け、陰キャ弟さんは最終的に全身でとの字を表現することに執念を燃やして一人人文字に挑戦していた。
彼はとだった。全力でとであった。
「ついでに、甲乙丙丁もすべて覚えてしまいましょう。子供たちにも好評な覚え方です。甲乙丙丁の後は、簿記更新時期と覚えましょう。はい、続けて」
「甲乙丙丁・・簿記?更新・・・・時期・・・・・・・・?」
簿記あるんですか?クロウさん。この世界に簿記って存在するんですか?
ちょっと、さっきから突っ込みどころが多すぎて混乱してきた。
クロウさんはいつもと変わらない穏やかな笑顔を浮かべているけれど、もしかして熱でもあるのだろうか。先程から発言がおかしいぞ。
「あの・・・クロウさん?」
いぶかし気な私に笑みを深めて、いたずらっ子のような笑顔で木簡から手を離す。
「冗談です。あなたの世界に存在するもので表した方が覚えやすいかと思いまして」
簿記更新時期。一度でしっかり、記憶に焼き付けられました。
たぶん、もう忘れることはないでしょう。簿記更新時期。とっても覚えやすいよ、簿記更新時期。
「今日はここまでにしましょうか」
そう言ってクロウさんは灰色がかった薄暗い周囲を見回し、暮れいく空を確認する。
見れば、揺れる燭台の炎が灯りとしての役割を果たすようにほんのりと近くの建物を赤く照らしていた。
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