第75話 つきのうさぎ


何が起こるだろうと心を弾ませてアイギスを見つめる。


視線の先でアイギスの体が虹色に光る。空中に浮かぶ兎のシルエット。そこに着ていたはずの装備はない。


え、装備は?消えた装備を探している内に、アイギスの身体をリボンが包み込み、もふもふが増量した。


モッフモフやぞのスキルを使った時には及ばないが、これはこれで心躍る。



次いで、リボンはアイギスの耳を包み込み、アイギスの耳が垂れる。


アンゴラ兎になったかと思ったらロップイヤーになっていた。可愛い。


現実なら日々の体調管理で大忙しだろうけど、ゲームの中だから毛玉を飲み込む心配も耳の病気の心配もいらなくて安心して可愛がれる。


イディ夢は夢のようなゲームだな。素晴らしい。



日々の幸福をかみしめている内にアイギスの装備が戻ってきた。


ひらりと赤いクロークの裾が翻る。アイギス、そこで決めポーズ!決めポーズをください。



「っきゅ!?」


え、何?みたいな顔をされてしまった。ごめんね、突然無茶ぶりをして。


あんまりにも変身シーンがセー〇ームーンだったから、思わず。



それにしても、あらためて観察しても良いもふもふだ。


柔らかそうな毛をそのままに伸長、増量している。春風になびくもふ毛の素晴らしさよ。


共になびく垂れ耳も良い味を出している。気のせいか白い毛が内側から輝いて見える。


穏やかな春の日差しの下、耳に届くのは風に揺られる草花の囁きと風車の軋む優しい音色、そして動物たちの悲鳴。


きゃいんっ、キューーーーっ、キャンッ!



・・・進化したアイギスの姿を惚れ惚れと見つめる私の思考を遮るように動物たちの悲痛な叫び声が轟いてきた。


そういえば此処は猟奇殺人?殺魔物?の現場になっているんだった。


仲間の悲惨な悲鳴を聞かせないために、こうしてアイギスの耳をふさいで――ない。しまった。


進化に気をとられて手を放してしまっていた。アイギスの視界に仲間の無残な死に様が映ってしまう。



「別に気にしてないよ、そんなに当てなくても」


「え」


キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!アイヤー!アイギスしゃっべたナンデー!?


あっ、進化したからか。可愛らしいボーイソプラノで話しかけられて一時的にパニックになってしまった。


アイギス男の子だったの?でも声の低い女の子とも考えられる音域だな。可愛い。声まで可愛い。


バロンの格好良いアルトとテノールの間の声と合わせて聞きたい。夢のような二重奏となることだろう。



「自然界は弱肉強食。弱いものが狩られるのは致し方ないことだよ」


「アイギス・・・・」


元野生のモンスターであったアイギスは私が考えるよりもずっと現実的で理性的な生き物だった。


いや、良いんだよ、仲間を狩られたくないって思ったって。


聞いてくれるかは分からないけど、バロンにウサギクーゲルカニーンヒェンは見逃すように頼んでみるから。


というか初めからそう頼んでおくべきだったな。猫様の行動を妨げる発想に思い至らなかった。



「良いんだ。今では種族も異なるし、僕の仲間は・・・家族は・・他にいる。そうでしょう?ルイーゼ」


毛玉の奥に覗く大きなくりくりの瞳が此方を見つめて光を纏い輝いている。


仲間、家族だと思ってくれているのだ、アイギスは。同じ場所で生まれたウサギクーゲルカニーンヒェン達よりも私たちのことを家族だと。



「アイギス・・・・・・・ひょぅわっ!?」


感激に打ち震える私の足元を白い何かが通り過ぎて行った。


刹那の戦慄。今は昼間なのに奴が出たというのか!?慌てて視線を巡らせた先にいたのは、



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・犬?」


幽霊の正体見たり枯れ尾花ではなく犬。真っ白で小柄な犬が此方を見上げて瞳に涙をたたえて震えている。


私を驚かせ、転ばせたことを申し訳なく感じているのかうるうると瞳を潤ませて大きな瞳で見つめてくる。



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