第59話 もふもふに貢げない
そう言って、肩口から首を伸ばし、私の顔を覗き込むバロン。
もしかして、私の目と髪の色?私の目は少し緑がかった青色をしている。
マリンブルーっていうのかな、海の色のように透明で緑みのある青色だ。
髪の色は銀灰色で、陽の光を反射した水のような色合いだ。
わ、私の目と髪の色が好きだなんて照れちゃう。
浮ついた心を鎮めるためにも話題を進めよう。手近にあった青いブラシを取り上げてバロンに見せる。
「こ、これなんか綺麗な青色だし、どうかな?」
ブラシは水宝玉のような綺麗な青色の本体に白緑色で葡萄の装飾が流れるように彫られている。
ブラシの背には猫目石のように黄色く光る部分もあり、川面に浮かぶ月のごとく美しい。
適当に取ったブラシだったが結構いいかも。
『うむ。・・・嫌いではない』
バロンからも色よい反応が返ってきた。バロンのブラシはこれにしよう。
続けてアイギスのブラシを選定する。
「アイギスは何色が好き?」
ブラシが並べられた机の上にアイギスを降ろせば、アイギスは不思議そうに首を傾げた。
青色のブラシを見、私を見、自分を見る。自分の分を別に買ってもらえるとは思わなかったようだ。
「これはバロン用だから、アイギス専用のを選んで」
アイギスはゆっくりと瞬いて机の上のブラシに視線を移す。そして、すぐさま銀色のブラシの前に移動し、鼻先で突く。
「これ?」
「ぷぅ」
ご機嫌でブラシに顎を乗せこちらを見上げてくる。可愛い。
簡素な銀色のブラシで金色の縁取りがされている。刻まれた模様は蛇だろうか。
思い返せば、アイギスはローブを選んでいたときにも迷わず灰色を選択していた。
もしかしたら銀や灰色が好きなのかもしれない。覚えとこ。
『・・・自分の分は買わないのか?』
二匹のブラシを購入して店から離れようとしたらバロンに止められた。
従魔用のブラシを買ったお店の隣には、人用の櫛や鏡も置いてある。
大蛇戦後に乱れた髪を手櫛で簡単に直せたように、櫛などがなくても髪を整えることはできる。
しかし、女の子としては櫛と手鏡は持っておくべきだろうか。
「お、買っていくかい?勉強するよ」
おじさんの巧みな話術に乗せられて買ってしまった。
まぁ、ゲームの中とは言え、女の子の必需品だ。使うかどうかは別として、持っておいても損はないだろう。
私には無限収納の蛇さんポーチがあるからね。
「まいど~!」
お店のおじさんの弾んだ声を背に無駄な買い物をしてしまったかもしれない自分を慰める。
バロンとアイギスのブラシは絶対に必要だったけれど、自分の分はどうだろうか。
でも、バロンからの提案だったしなぁ。
バロンは物欲があまりないようで、街を歩いていても何かを欲しがることはない。
食べ物もお腹がすいたらあるものを食べるというスタンスで、興味が薄いようだ。
私としては幾らでも貢ぎたいのにまことに残念である。
アイギスも欲しいものを示すことは少ない。
聞けば選択してくれるが、自分から欲しいとは言いださない。
アイギスの場合、バロンの前で自己主張などそんな恐ろしいことはできないというだけな可能性もあるが。
うん、アイギスにはこちらから積極的に聞くようにしよう。
そんなバロンが買うことを提案してくれたのなら、それだけで金貨にも勝る価値がある。
バロンからのプレゼントだと思って手鏡も櫛も大事に使おう。
「アイギス?」
頭上のアイギスが立ち上がり、どこかを一心に見つめている。
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