第60話 不思議なお店
視線の先には、お店だろうか、真白の薄布が帳のように入り口に重ねられている。
幾重にも紗を重ねた入り口は中の様子を完全に遮り、何を扱うお店なのか判断が難しい。
近づけば薄布が翻り、青い光がかすかに漏れ出でてくる。
純白の沙織を潜り抜けて奥へと進めば、揺ら揺らと漂う光がようよう増していく。眩しさに目がくらみ瞑った先で声がする。
「あら、お客さん?」
女性がいた。綺麗な人だ。
女性は袖口のゆったりとした卯の花色のドレスを身に纏い、ゆるく波打つ金色の髪を同色のヴェールで覆い隠している。
肩や腰には繊細な黄金の装飾が品を失わない程度に飾られており、女性の美しさを引き立てている。
どこかの国のお姫様だと言われれば信じてしまいそうな程、気品に溢れた優雅な女性である。
このお店の店主だろうか。
室内は燦爛と蠟燭が煌めき、銀色の腕輪や金色の首飾りに光が反射して眩しいほどの光に溢れていた。
美術館で飾られる芸術品のように、神に捧げる神聖な供物のように、見事な彫刻の施された机の上に腕輪や首飾りが並べられている。
槍の柄のような白銀の腕輪、鈍く輝く金色に黒々とした装飾が嵌め込まれた踊る炎のようにもそれを掲げる燭台のようにも見える首飾り、様々な石に彩られた黄金の腕輪。
「きれい・・・・」
室内にあるものはどれもこの世のものとは思えない程に美しいが、その中でも器のような形の飾りが付いた金色の腕輪に目が引き寄せられて離せなくなってしまった。
色鮮やかな石で豪奢に飾られた腕輪は石の煌めきを受けて海のように青く、山のように碧く、花のように
「これもまた縁・・・・・」
艶やかで麗しい声で呟いた女性がゆうるりとした動作で黄金の腕輪に見とれる私に近づいてくる。
そして、白魚のような美しい手が嫋やかに腕輪を持ち上げて、私の手のひらに載せる。
「あの・・・・・」
女性の行動の意図を理解できず困惑する私に頓着することなく、女性は私の手を上から包み込み、乗せた腕輪を握らせてくる。
流水のような澄んだ瞳の中で情けない顔の自分と目が合い、思考が空白に塗りつぶされる。
「これは貴方を選びました。貴方はこれの代わりに何を置いていきますか?」
その言葉と同時にポーチの中にしまわれているアイテムのリストが表示される。
画面によって、代わりに置いていくものを選ぶように催促されて正気に返る。
もしや、ここは物々交換のお店なのだろうか。
リストを確認したが選べるものが見当たらない。
砂漠鷹の爪とか羽は駄目らしい。素材系は灰色に表示されて選択不可となっている。
リストを遡り、ようやく見つけたアイテムを選択する。
「あら、ふふっ」
目の前に突然現れた巨大な釣り竿に女性は目を丸くして、次いで楽しそうに笑う。
ほっそりとした長い指が口の前に添えられ、その奥から鈴を鳴らすような音色が漏れ聞こえてくる。
「確かにこれは、貴方には必要ないものね。この子には別の縁がある。うちで預かりましょう」
女性はそう言うと、もう用はないと言わんばかりに私の背中をやんわり押して、紗の向こうへと押し出した。
何の気構えもなく押されたために体勢を崩した私は数歩たたらを踏んで気が付けばお店の外に。
振り返れば入る前にも見た幾重もの紗がある。
言葉の意味を女性に確かめたかったが、揺れる薄布から漏れていた光が消えた入り口は、もう一度踏み入ることを躊躇わせた。
手の中にはしっかりと先程の腕輪が握られている。ポーチを漁れば、大蛇からドロップした「霜蛇の釣り竿」がなくなっている。
やはり、腕輪と釣り竿が交換されたようだ。
『我は着けぬぞ』
「ブッ」
腕輪をどうしようかと杯に似た形の飾りを手の上で転がしていたら、二匹に拒絶された。
まだ何も聞いてないのに。少しだけ、首輪としても丁度良いサイズだなと思いはしたが、首輪嫌いに無理に着ける気はない。
「そんなに心配しなくても、これは私が気に入ったから私がつけます~」
左手首にくぐらせるようにつければ、腕の動きに合わせて金属のこすれるかすかな音が聞こえる。
しゃらり、しゃらりと響く音は川のせせらぎにも似て心が安らぐ。
「きれい・・・・・」
捧げた杯は霞たなびく空の下で太陽のように輝いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます