第35話 黒狼の悲劇   *バロンによる犬(狼)いじめあり


その後は特にトラブルもなく、途中風車小屋で宿を借りながらも進み続け、気が付けば周囲は霧に包まれていた。


砂浜を歩いていたはずなのに、辺り一面、薄っすらと水が張った湖のような場所にいる。



バロンは肉球が濡れて不快そうにしており、ウサギは頭上にしがみ付いて濡れるのを拒否している模様。


少し髪の毛が引っ張られる感覚がある。抜かないでね。



ゥウォオオォォォーーーーーーン!!



静寂に支配された空間を引き裂くような獣の声がとどろく。


漆黒の鎧をまとった大きな獣が静かに眼前へ降り立ち、粛静しゅくせいの湖畔に波紋を描く。


その波紋と供に獣の足元から氷が生まれ、湖を凍らせていく。獣の真っ赤な瞳がこちらを向き、


そのまなこに己の領域へと侵入してきた愚かな生贄たちを映し出す。



BOSS アビティトゥールビア Lv.11



演出からしてまさかとは思ったがボスモンスターで間違いないようだ。


真っ黒な毛の大きな狼である。毛足が長く触ったら気持ちよさそう。


犬の毛は猫の毛のように柔らかくないんだっけ。でも、長毛種のワンちゃんの毛は触り心地よさそうなんだよな。



「――キャィンッ」


犬の毛の感触を思い描いていたら、バロンが黒狼に猫パンチをしている。


そのまま無言で往復ビンタを加え続けるバロン。



「あ、あの…バロンさん……?」


黒狼の悲鳴が湖畔に木霊する。


無言のバロン。


時々、機嫌悪そうに氷を叩き割る尻尾が怖い。何か気に障ることをしましたか?



ウサギと抱き合って震えている間にもふもふ狼は三枚の毛皮けがわに変わってしまった。


あんなに大きくて抱き着き甲斐の有りそうだった黒狼がたった三枚の毛皮に。


他にもドロップ品はあるけれど、その縮みぶりに落胆せざるを得ない。



途中、黒狼も反撃しようとしていたが、バロンの激しい連撃に為す術もなく湖に沈んでいった。南無。



ど、ドロップ品の確認をしよう。


黒狼を倒した後もどことなく機嫌が悪そうなバロンを恐れつつもアイテムポーチを漁る。


毛皮と牙と石?魔石かな。金属も入っている。識別すれば、「製錬された金属。鉄」と出てくる。素材としてこの先使えそう。


それから、靴と縄。縄の方は、「丈夫な縄。鞭としても使用可能」との説明が出た。…識別の使用結果って個人で違うの?


とりあえずポーチに封印しておこう。



靴は、黒色のショートブーツになっており、踵にリボンのついた女の子らしい造形。


濃紅の靴底が良い差し色となって映えている。踵も高くないので歩きやすそう。


識別では「湿原狼のショートブーツ。フロストウォーカーの効果付き」とある。



湿原狼。つまり、先程の場所は湿原ということだろうか。第一印象で湖だと思っていた。


しかし、地面は見渡す限り水と苔に覆われ水深も浅かったので、湿原で間違いないのかもしれない。



フロストウォーカーがどのような効果か分からないが、デザインも今の装備に合いそうなので初期装備の靴から履き替えてみる。


靴の中はもふもふの毛で覆われていて硬い地面を長時間歩いても足が痛くならなさそう。


まぁ、今歩いているのは柔らかい砂の上だが。



砂の上を数歩歩いてみる。


特に効果は感じられない。周囲に霜が降ることも、体感気温が変化することもない。



辺りを見渡してみる。


見渡す限りの砂。何処まで行っても砂。視界を埋め尽くす砂。



砂漠である。


バロンによる狼いじめが終了したのち、周囲の霧は晴れ、水も陽炎のように揺らめいて消えていった。


後に残ったのは一面の砂の山。




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