第18話 宿船と子船 *ファンタジー世界の闇あり


「あ、クロウさん」


黄色の司祭服を纏った神父様である。クロウさんは茶色がかった黒髪に湖を思わせる蒼い瞳をしている。穏やかな笑顔が目に眩しい。



「こんにちは。…クーゲルカニーンヒェンですか?おとなしいですね」



食事中のウサギを見つめる。優し気な眼差し。


クーゲルカニーンヒェン、ウサギの正式名称だ。何度聞いても格好いい。


昔、唸れ、私のクーゲルシュライバーとか言って勉強中に遊んだなぁ。…この話はそこはかとないむずがゆさを覚えさせる。忘れよう。



確か件の言葉はドイツ語。響きが似ているからクーゲルカニーンヒェンもドイツ語だろうか。



視線を送られたウサギは一瞬動きを止めてまた食べ始めている。


私たちと同じお肉とパンを食べ終えたウサギに変わった様子はない。


ステータス画面でも毒状態などになっている様子もなく、HPも変動していない。


今日食べたものでは食中毒を起こすことはないようだ。良かった。


現実の兎が食べるはずもないお肉も完食していることから、モンスターのウサギと現実の兎は食性が異なるのだろう。


でも不安だからやっぱり兎の飼育法は今夜忘れずに調べよう。



当のウサギは醸ジュース入りのコップに頭を突っ込んで、白い毛皮を茶色く染めてしまっている。


醸ジュースを飲み終えたら口周りを拭くことをやる事リストに加えてクロウさんに向き直る。



「こんにちは。東の草原で仲間にしました。…あの、ポーションってどこで買えるかわかりますか?」


ウサギに使いたい。露店ではポーションを見かけなかった。



「ポーションですか?初級でしたら薬屋か冒険者ギルドに隣接した武器屋で買えますよ」


「…初級だけ?」


「ええ、初級ポーションの材料は何処にでも生えており、この国でも簡単に手に入れられます。


しかし、その他のポーションは薬師が自家栽培している分しか材料がないため、入手が難しいのです」



アン…何とか不遇の逸話がまた一つ増えてしまいそうだ。



「そ、そういえば、運河のわきに、移動用とは別の箱型の船が泊まってるのを見かけたんですけど、あれはいったい・・・・」


「ああ、宿泊用ボートハウスですね。数か月前に発表された探索者訪れの予言により、宿泊施設の増設が必要になった街の人々が苦肉の策で設置しました」


最近設置されたものなのか。でも、新しそうな船もあったけれど、そうでないものも存在した気がする。



「元々この国は旅人も少ないので宿泊施設もそう多くありませんでした。


導かれし探索者達を迎えるために収容数を増やそうにも建物の増設には時間がかかります」


はい。家とか一年くらいかかりますよね。大きな施設なら更に時間が必要。



「そこで、住民達は保管していた船を改造し、足りない分は造船して宿泊施設の代わりとしたのです」


確かに家と船なら船の方が早く造れそう。船を一から造るのではなく改造というのなら尚更。



「支流で見かけた子供がいっぱい乗った船も、そうですか?」


「・・・・・子供がいっぱい?」


「はい、東と南の間で・・・・金網と板で補強された赤茶色の船でした」


クロウさんは少し考えこんだ様子。なんだろう、聞いてはいけないことだったろうか。



「・・・・それは、おそらく、捨て子ボートです」


「すっ――」


「誤解しないでください。名前は不穏ですが健全な施設です。…あそこでは孤児達の保護活動を行っています」


孤児の保護…でも、捨て子って…



「乳幼児…大体、歩き始める前までの子供をボートで育てています。ボートを出るまでの間に里親を探し、見つからなかった子は孤児院に引き取られます」


「あの・・・・」


「運悪く両親を亡くし引き取り手もいなかった子供や……金銭的、体裁的な理由で手放された子の保護もしています」


「・・・・・・」


本当に捨て子ボートだった。ファンタジー世界の闇を見た気がする。なんだか悲しくなってきた。



「そんな顔をしないでください。


捨て子ボートは身寄りのない子供達、中でも無力で他人の助けが必要な乳幼児の命を救う施設です。


この施設で育ち、幸せになった子もいます。親に捨てられたからって、皆が不幸になるわけではないのです」



私には想像できないが、きっと、捨てる人には捨てる人の事情があるのだろう。子供たちが道端に捨てられて、保護されれば良いが、死んでしまう場合もある。


そういった可能性を減らす施設として捨て子ボートは必要なものなのだろう。


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