恋の終わりと夏の始まり

第1話



 神社の境内けいだいには白熱灯はつねつとうを吊るした屋台が並んでいる。

 普段は何もない広場に道を作るように屋台は敷き詰められ、人やら、電球やら、鉄板やらの熱気でのぼせそうな暑さになっていた。


 威勢の良い掛け声に、コテで鉄板を叩く音、たまに聞こえる花火のはじける音。様々な音に包まれて、昼間と取り違えたような賑やかさになっている。


 星祭り。七夕を祭ること。七夕祭のことだ。


 境内の少し高い位置にあるおやしろには数本の笹竹が立てかけられ、鮮やかな五色の短冊らがぶら下がり、誰のものかわからないお願い事がその短冊に書かれていた。


 笹竹を横目に境内の石垣に腰をかけて、お祭り会場を見渡す。


 綿菓子、リンゴ飴、お好み焼き。食べ物を片手に機嫌の良い人が歩いている。

 金魚掬い、輪投げ、射的。出し物で遊んで楽しそうに笑う人がいる。


 今日は約束通りにシキや二階堂達と一緒にお祭りへ来ていた。


 駅から神社までの道のりは彼らと一緒にいたが、見ての通り、星祭りにはたくさんの人がやって来る。

 その人混みの中で揉みくちゃにされて、ついにははぐれしまった。


 今はこうして会場を見渡して、彼らを探しているところだが、それもあまり気が乗らない。


 先日、片想いの相手、七星ななせ花梨かりんへ告白し、盛大に砕けてきた。

 彼女は好きな人がいて、その相手と星祭りに行くと言っていたからだ。


 つまり、この会場のどこかに彼女カリンらがいて、下手に動いてしまえば鉢合わせてしまう可能性があるのだ。


 流石に日も経ってないので、告白した、された相手と顔を合わせるのは気まずい。


 幼なじみなので、いつかは何とかしたいと思うのだが、今はそんな気にもなれず、こうして蒸し暑さから離れたお社の近くで会場を見ているのだ。


「あれ? 藍原くん、あなたもはぐれてたの?」


 そんな風に声をかけられて振り返ると、ポニーテール姿に眼鏡の女の子がそこにいた。


「クルリちゃんもはぐれたんだね」


 そう声をかけ返すと彼女は頷き、俺の隣へ腰掛けた。


「そうよ。今はコハル達を探している最中よ」

「そっかー。それでここにやってきたんだ。階段から登って来る様子がなくて驚いたよ」


 この位置からだと、お社に来るための階段が見える。そこにクルリがやって来る様子は見えなかった。


「裏の道からやってきたのよ」

「このお社の周り、草や木に囲まれて、歩いて来るには階段から来ないと難しいんだけど、どうしたんだろ……」

「……? そうなの? あれは獣道と言うのかしら」

「……本当に?」


 俺は疑うようにクルリを見るが、彼女はいつもの眠たげな目で会場を見渡していた。


 冷静な表情をしているが、クルリは案外、方向音痴なのではないだろうか? この境内に済む獣は猫ぐらいしかいないと思う。


「まあ、コハルを探してたけど、その必要もなくなったかしら」


 クルリは何かを見つめて言う。その言葉に俺はクルリの視線を追った。


「おー、やるなぁー」


 その視線の先には二階堂とシキと六花の姿があった。八千と百合川を探すが、その場におらず、きっと彼女らもはぐれたのだとわかる。


 その影響なのか、二階堂とシキと六花は仲睦まじく手を繋いでお祭りを楽しんでいたのだ。


「六花さんがいるのは予定外だけど、朝一くんを真ん中に手を繋ぐなんて、コハルも頑張ったわね」

「そのわざとはぐれたような言い方はなんなの?」

「わざとよ」


 クルリの場合は本当にわざとはぐれたのか怪しい。

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