第8話



「カラオケなんて久しぶりだな」


 シキは少し能天気に話を始める。


「そうだな。俺もあんまり行かないからな。シキと一緒に行くのはいつぶりだ?」

「たぶん、中3の合唱コンクールの打ち上げだよ。あの時はカラオケで負けた腹いせにクラスの連中と歌ってただろ」

「あー、そういえばあったな。シキが合唱コンの曲を歌い始めたやつだ」

「そうそう。結局はその部屋にいた奴でハモリ入れて大合唱だよ」

「楽しかったなー」

「もう、半年以上前の話だぜ?」

「そんなに前になったのか」


 つい最近だと思っていた話があっという間に時間が経って行く。歳を重ねる毎に1年が早くなる。


「時間ってあっという間に過ぎるな」


 俺は呟く。シキはその様子に満足げに笑う。


「これからもっと時間が過ぎるの早くなるんだろうな。親父おやじが言ってたよ。『おっさんになると1年があっという間だ。1年が1ヶ月前のように感じる』ってさ」

「その感覚はヤバいな。いつか俺らもそうなるのか」


 そう言ってシキと笑い合う。


 どこかおかしい話はない。シキの話のようになる自分が想像出来なくて、夢にも思えないことがおかしくて笑った。


「そう考えると、時間は無駄に出来ないな」

「そうだぜ。だから……」


 シキは少し躊躇うように言葉を止める。それをゆっくりと待つと、決心がついたのか話し始めた。


「自己満足でも良いと思うんだ。きちんと区切りがついた方がヨウキのためになる……と思う。ゆっくりと忘れてる時間なんてないんだ……とか」


 その話し方で何の話なのか理解できた。

 そして、シキが俺にどうして欲しいのかも分かったような気がする。


「……なんで自信なさげなんだよ」


 シキの視線を逸らした様子に思わず笑ってしまう。


「いや、だってさ。俺は告白した事ないし、忘れようとか考えてないからさ。アドバイスとしては弱い気がするんだよ」


 シキは頭をかいて、困ったように眉をひそめた。


「だから、もし俺がその立場だったらって考えたんだ。二階堂に好きな人がいて、告白するって知っているんだったら……。そしたら、堪らなく辛くなった」


 シキの真剣な眼差しがこちらを向く。


 その立場で考えたか……。この親友はいつだって優しい。


「すげー辛いよな。でも、二階堂の決心を鈍らせるような事はしたくないし、すげー困った。俺もヨウキと同じように仕方がないって諦めるしかないって思ったわ」


 親友はフラれた奴の気持ちを必死に考えてくれる奴なんだ。いいや、それだけじゃない。誰にだって必死に考えてくれる奴なんだ。


「だから、ヨウキが忘れる選択をするなら、俺はそれが良いって大きく言える。でも、少しだけ考えて欲しいんだ」


 誰にだって一生懸命で、誰にだって優しい。

 行動のキッカケがないと動き出さないことも、しばしばあるが、行動してしまえば、ずっと一生懸命だ。


「俺、二階堂に好きだって告白しないで、忘れる事なんて出来ねぇ。一生、忘れられないと思う」


 俺も憧れる彼のように考えてみる。


 もし、カリンに告白せずに数年の時間が経ったら。

 想いに蓋をして、鍵をかけて、開かないようにしたら。


「好きな女の子は一生忘れられないよ。でも、俺は二階堂に好きじゃないって言われたら、きっと次に進めると思う」


 きっと、蓋をした隙間から、カリンに会うたびに想いが溢れるんだろうな。


「……そうだな。一生、忘れられないな」


 俺は小さく呟く。


「ああ、忘れられなくて良いから、一か八か勝負しよう!」

「……玉砕は決定だよ」

「砕けたら欠片かけらを拾って、次に進もう」

「……俺らは時間を無駄に出来ないからか?」

「そうだな。高校生なんて3年間しかない」

「……短いな。うん。短い」


 俺はシキに笑いかけると、シキも笑う。


「カリンを駅で待たしてある」

「……え?」


 シキの言葉に俺は目を大きくする。


「今日、わざわざ残ったのって、カリンと鉢合わせる事を考えてたんだろ? アイツ、今日は部活休みだって言ってたから」

「……知ってたの?」

「たまたま連絡取ってな。漬け物のお礼連絡してた」

「……まめだな」


 細かい気配りとか主婦みたいだ。


「走って行っても良いか?」

「おう。追いかけないぞ」

「いいよ。告白してフラれる瞬間を見せたくない。むしろ、終わってから来てよ」

「……いいから、行ってこい!」


 シキが俺の背中を叩く。俺はその瞬間に駆け出した。

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