第7話



 八千の元気と同じように、地面を燦々さんさんと照らし続ける太陽。放課後になると空に浮かぶ雲は増えていき、時々、太陽を隠して僅かな涼を与えてくれる。


「それじゃあ終わり! 日直、挨拶お願い!」


 茜音先生の声と共に教室に同級生の起立、礼の声が響く。それに合わせて、立ち上がり、一礼すると、教室内は何かが弾けたように騒がしくなった。


 机の横に掛かったカバンをそのままに、ぼーっと窓の外を眺めていると、帰りの準備の終わったシキがカバンを肩に掛けてこちらを向いた。


「みんなのところ行こうぜ」

「おう! 確か隣駅のカラオケだよな?」

「ああ、そこに安いカラオケがあるって言ってたぞ」

「オーケー。先に行っててくれ。ちょっと用事思い出しちまった」


 俺が誤魔化し笑いをすると、シキは不思議そうに眉間にシワを寄せた。


「用事? すぐ終わるなら待つけど……」

「あー、ちょっと時間かかりそうなんだ。先生に相談したいことがあるから」

「そうなのか? なんか真面目で気持ち悪いぞ?」

「あっはは〜。実はこう見えて真面目だからねぇー。勉強も頑張っちゃってるし!」

「……調子乗ったなぁ」


 シキは大きく息を吐いて、苦笑いを浮かべた。


「まあ、そういうことだから、カラオケの名前とか後でメッセージで教えてくれ」

「おう。そういうことならわかった」


 シキはそういうと六花とクルリに声をかけて、机を離れていった。


 残された俺は先生に質問する気もないのに、机の中から教科書と参考書を取り出した。


 みんなが教室から出て行くのを見届けると、椅子に深くもたれ掛かる。


 周りのみんなと一緒に行きたくなかったわけじゃない。一緒に行かずに1人で残っているのには、もちろん訳がある。


「ちょうど、この時間にカリンも帰ってるだろうな」


 今朝のメッセージのやり取りでカリンが連絡してきたのだ。普段、部活のマネージャーをしているカリンが、今日は部活が休みだと機嫌の良い絵文字を付けて送ってきた。


 今日が電車にわざわざ乗って移動する日でなければ、みんなと一緒に行っただろう。


 この時間に学校を出て、歩いて駅に着く頃に、帰り途中のカリンが乗った電車がちょうどやって来る。もし、一緒に行っていれば、みんなに動揺した自分の姿を見せることになってしまう。


 それを見せるのはどこか情けないような気がしてしまい、思わず逃げてしまった。

 こんな気持ちでなければ、みんながいる前でカリンと話すことを気にしなかった。


「クルリちゃん、意外に鋭いんだもんなぁー」


 誰にも聞こえない声で呟くと、窓の外をぼんやりと見つめた。


 クルリは冷静に人の表情の変化を見ている。勘なのか分からないが、たまにスゴイ予想で話をする。

 今日もあのまま一緒に行動してカリンと出会したら、何かしら察するかもしれない。


 暇つぶしに取り出した参考書をペラペラとめくる。時計をチラチラと確認し、30分ほど経った頃に参考書を閉じると帰り支度を始めた。


 これだけ時間を待てば、駅でカリンと鉢合わせる事はないだろう。


 支度が終わるの席を立ち、カバンを肩から下げる。教室を出ると、人のいなくなった薄暗い廊下を1人で歩く。


 燦々さんさんと輝いていた太陽はいつの間にか薄黒い雲に覆われて、怪しい雰囲気を出している。


 夏の夕方は天気が変わりやすい。これはひと雨降るかもしれない。できれば、カラオケ店に着くまで耐えて欲しいが大丈夫だろうか。


 自分のクラスの下駄箱まで来ると、そこに1人の男が立っていた。


「……シキ」

「おっ、ようやく来たか」


 シキはニヤリと笑う。


「どうしたんだ?」

「ヨウキを待ってたんだ」

「先行ってて良いって言った気がするんだけど」

「俺もちょうど用事があって、遅れて合流する事になったんだ。遅れるならヨウキを待ってようと思ってな」


 腕を組んでウンウンと頷くシキを俺は懐疑的な目で見てしまう。

 しかし、考えても仕方がないので、シキの厚意をありがたく受け取る。


「そっか。んじゃ、さっさと向かおうぜ」

「おう。そうしよう」


 俺は靴に履き替えると、シキの横に並ぶ。


 校舎から出ると、空は一面の曇天。

 今にも落ちてきそうな重たい雲は本格的に降り出してきそうだ。


 そんな空を一瞥すると、シキは少し足を早めた。

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