第6話
暑い夏。じめじめとした空気を吸い込む。
この胸の苦しさは、きっと、嫌に蒸し暑い空気のせいだ。
「そっか。そのことか」
「そう。毎年、シキと3人で行ってたでしょ?」
「そうだね。今年はどうするか考えてなかった」
嘘だ。考えていた。
もしかしたら、一緒に夏祭りへ行けると思っていた。
射的も、金魚掬いも、くじ引きも。
ふざけて笑って、楽しめると思っていた。
「まあ、この歳まで一緒に行ってたのも、ある意味珍しいよ。カリンが気にすることじゃないと思うよ」
……仕方ない。そう、仕方のないことだ。
「そうだね。ヨウキはあまり気にしてなさそうだし、シキも大丈夫かな? 一応、会って話しておこうと思ってるんだけど……」
少し安心した様子のカリン。どうやら俺は上手く話せているようだ。
「んー、シキも大丈夫だと思うけど、あらかじめ話は伝えておくよ。それで、カリンが直接伝えたければ言った方がいいよ」
「そう。なら、直接伝えよっかな。なんやかんや良い習慣だったし」
少し遠くを見て懐かしむような様子のカリン。
その横顔を見て、俺は胸が痛くなる。
「そうだね。ナイス、トラディションだね」
「えー、何それ。どういう意味?」
「良い伝統だってこと」
「なるほど」
「カリンの方が偏差値高い高校だよね?」
「まあ、まあ、まあ」
カリンは手をぷらぷらとさせる。
その様子に俺はちょっかいを出すように訊ねた。
「それで、カリンは夏祭りの日に何するのかな?」
「んー、秘密」
唇の前に人差し指を持ってくるカリン。その仕草はどこか可愛らしい。
「と、言いたいけど、ヨウキにはちゃんと教えてあげる」
人差し指を下げると、カリンは俺に目を合わせる。
「私、その日に先輩に告白する」
突然だった。
その言葉に俺は準備をしてなかった。
「たぶん、振られると思う」
カリンの表情はどこか清々しい。
「でも、ずっと好きだったんだもん。ちゃんと伝えたいと思う。それで、伝えた後も好きになってもらうように頑張る」
何か決意を決めたようにカリンの表情は清々しい。
遠くに。
自分の知らない遥か遠くに行ってしまう。
そう思ったら堪らなくなってしまった。
「振られるのに告白って、意味あるのか?」
「それはあるんじゃない?」
カリンは苦笑いを浮かべる。
「分かんないけど、言葉にすれば叶う願いもあると思う」
「そうだとしても、好きになってもらう努力はどのみち必要でしょ? なら、告白する必要はないんじゃない?」
カリンの表情が歪む。
「んー、そこはやっぱり気持ちっしょ」
「……そうか。そうだね。伝えることも大切だよね」
「うん。そうだよ」
言葉が過ぎてしまった。
カリンの少し辛そうな表情に気がついて、俺は途中でカリンの告白を止めようとするのをやめた。
今になっては何でそんな事を考えたのか分からない。
この蒸し暑さが判断を鈍らせているのかもしれない。
「きっと、ヨウキにも分かる日が来るよ」
「……何が?」
「好きだって気持ちをどうしても伝えたくなる日だよ」
カリンの笑顔は爽やかだ。
この暑い夏の日にもかかわらず、とても涼しげだ。
「いつか……ね」
「うん。いつか。ヨウキに好きな子が出来ればね」
暑い。今日はすごく暑い。
心臓が煩いくらいに悲鳴を上げている。
「ヨウキはどんな女の子を好きになるんだろうなぁ」
「分からないよ」
「私も気になる。ヨウキがどんな女の子に興味があるのか」
彼女は爽やかに俺に微笑みかける。
その笑顔に俺はつられて笑った。
俺が望んだ時間はそこにあったのだろう。
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