第5話



 学校から歩いて駅まで向かう。


 家から近い高校へ俺は通っている。

 学校までの距離が近いと、校則で自転車通学を禁じられ、徒歩で通学する事になる。


 そのため、下校後に駅に向かうとなると徒歩で向かうか、家に一度帰り自転車を取ってくるか、どちらかの選択肢しかない。


 そもそもの駅に向かう理由だが、先程クルリに言われた通り、七星ななせ花梨かりんと待ち合わせをしているからだ。


 今日、カリンから送られてきたメッセージには『会って話したい事がある』と書かれていた。


 何の話なのか検討が付かないが、カリンのお願い事を無視できず、俺は二つ返事でメッセージを送った。


 駅舎内に入り、改札口近くの柱でカリンを待つ。


 むわっとした空気が篭り、駅舎内は蒸し暑い。

 ワイシャツの胸元を掴み、引っ張っては風を送って涼む。


 そうして待っていると電車到着のアナウンスが流れ、電車が停車する音が聞こえてくる。

 改札口に人がなだれ込み、人の熱気でさらに駅舎内は暑くなる。


 人混みの中で学生服の女の子を探し、見つけては視線を外しを何回か繰り返すと、突然肩を叩かれる。


 振り向けば、頬に何かが刺さる。


 視線の先には白いワイシャツに赤いリボン、青と黒のチェック柄のスカートの女の子。

 健康的な肌色で、目を細め、くしゃりと笑う様子に俺は思わず笑ってしまった。


「よっ、ヨウキ」

「おっす、カリン。子供みたいな事してるな」

「まあね。肩叩くと思わずやりたくなっちゃうよね」


 彼女の手が肩から離れる。

 やけに熱い彼女の体温が僅かに残り、俺は妙な気持ちを落ち着かせる。


「それじゃあ、帰ろっか!」

「うん」


 カリンはそう言って駅舎の西口へと歩き始めた。


「今日は暑いねー」

「そうだね。もう夏だよ」


 太陽の光を避けるように日陰を選んで道を歩く。


「この暑さで歩きはしんどいなぁ」

「いつも自転車じゃなかったっけ?」

「そうなんだけど、今朝は寝坊して車で駅まで送ってもらったんだ」

「そうなのか。俺は遅刻していけって言われそうだな」

「ははっ、普通はそうだよね。ウチのお父さんは私に甘いから」

「あー、不器用だけど娘ラブって感じだよね」


 カリンの父親で思い出したのは、幼い頃にカリンへ抱き付いたら、物凄い形相で睨まれた事だ。


 もっともそんな思い出をカリンはサッパリ覚えてないだろうが。


「だから、帰りに話し相手がいて気が楽だよ」

「まさか、それだけのために呼ばれたのか?」

「ふっふっふ〜。それは言えないなぁ」


 口角を上げてイタズラに笑う様子に、彼女の言葉の真意は不明であるが、俺はどこか安心感を覚える。


「突然、話したい事があるって言ってたから、深刻な話でもあるのかと思ったわ」


 俺がそういうと、カリンの表情は気まずそうに変わり、俺から視線を逸らした。


「あ〜、その話なんだけど……。もしかしたら、ヨウキにとってはどうでもいいことかもしれなくて……」

「ん? やっぱり、深刻な話?」

「いや、私にとっては罪悪感があるというか、なんというか……」

「え。貸してたもん、なんか壊した?」


 何を貸していたのかはサッパリ覚えてないが、カリンが気まずくなる理由はそのぐらいだと思っている。


「壊してない! そもそも借りてもない。この間、ヨウキのゲームカセット出てきたけど」

「それ、なんのゲーム?」

「カーフィのスターライド」

「それ、シキと遊ぼうとして出来なかったやつだ」

「え、ごめん。いつだったか一緒に遊んで、ヨウキが忘れたの言ってなかった」

「まあ、良いよ」


 少し懐かしいゲームだ。人気もあって無くしたと思った時は少し残念な気持ちがあった。

 それが何処にあるか分かっただけでも、なんだか安心する。


「それで、話ってなんだったの?」

「それは……」


 カリンは言いにくそうに言葉を濁す。

 誤魔化すように笑うと薄紅色の唇が動き出す。


「夏祭り。今年は一緒に行けないや」


 俺はその言葉に胸がつっかえるような感覚を覚える。


 覚悟はできていた。

 別の高校に進学した時点でそうなると思っていた。


 それでも、実際に耳にすると意外とくるものがあった。

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