第4話
百合川の勉強は放課後の教室で行われることになった。
追試試験は1週間後の月曜日から行われるらしく、科目は古典、数学A、英語、化学、世界史の半分くらいの科目だった。
追試試験の基準になっている30点を超えた科目は現代国語、数学I、生物、現代社会だったらしい。
放課後になり、シキ達は百合川の机の周りに自分のカバンを持って集まっている。
暗記系は試験の直前にやることになり、今日は数学Aから手をつけることになっているので、その準備に取り掛かっていた。
「それじゃあ、部活行ってくるね」
八千がエナメル鞄を肩から下げて、こちらにやってくると片手を上げて左右に振る。
百合川は八千が隣にやってくると背中に腕を回してくっつく。
「ミナちゃん、いってらっしゃい」
「ユリユリありがと。行ってきます」
「うふっ」
そういってホクホク顔で百合川は離れる。
ふぅん。こういう百合展開も嫌いじゃないじゃん。
二階堂やシキが八千を送り出し、八千が教室が出ると、今度はクルリが学校鞄を肩から下げてやってくる。
「申し訳ないわね。何か出来ることがあれば手伝うのだけど」
「クルリちゃん。大丈夫だよ。気持ちだけでも嬉しいよ」
クルリが申し訳なさそうに言うと百合川はそう返す。
「それじゃ、勉強頑張ってね」
「うん。ありがと」
クルリはそう言って、この場から離れようとする。
そのタイミングで俺は立ち上がる。
「んじゃ、俺もちょっと用事を思い出したから帰ろうかな」
「うえ!? お、おい、ヨウキ! 一緒に手伝うんじゃなかったのかよ?」
シキがマヌケな表情を一瞬作り、焦るように問い詰めてくる。
「いやー、ごめんごめん! 今日にとても大切な用事があるのを忘れてたんだよ」
「マジかよ。なら、しょうがないけど、明日は来れるんだよな?」
「明日からは大丈夫だ」
シキは少し俺を睨んだ後に大きく息を吐き出した。
その様子に俺は安心する。
「そういうわけで、百合川っちゴメンねー。今日は力にならない!」
「大丈夫よ。たくさんいても邪魔なだけだし」
「うーん。他の女の子への態度と違って辛辣!」
ぼーっとした表情で百合川は俺を送り出してくれる。
……本当に酷い。女子って怖いんだなぁ……。
「んじゃ、そういうわけで、クルリちゃんと途中まで行こうかな」
「私、音楽室へ向かうんだけど、下駄箱とは反対方向よね?」
「まあまあ、そこは適当に行こうぜ」
「はぁ。よくわからないけど、そういうことならいいわよ」
俺はシキ達に適当に挨拶をすると、クルリと一緒に教室を出た。
先程クルリが言ったとおり、音楽室は下駄箱とは逆の方向。俺は遠回りをするように音楽室の方向へ歩き始める。
「あなたから何か話があるなんて珍しいわね」
俺の隣に並び歩くクルリがこちらに視線を向けずに話す。
「そうかな? 別に話ってわけでもないんだけどねー」
「そうなの。なら、ここでお別れかしら」
「冷たいなぁー。ひとまず、シキと二階堂をあの場に残すってことで良いんでしょ?」
「何のこと?」
クルリは興味なさそうに答える。
「とぼけちゃってー。そもそも、今日の勉強会にいらないって言ったのはクルリちゃんだった気がするんだけど?」
「そうね。でも、あなたは言われて言うことを聞くような人じゃないでしょ?」
「あれれー? 心外だぞぉー」
そういってふざけてみるが、クルリは一度もこちらに目を合わせない。
「それで、なんで今日はあの場に朝一を置いていく事にしたのかしら?」
「それはもう直感だよ! 圧倒的な閃き! あそこにシキを置いていった方が面白くなると思ったんだ!」
自信満々に答えるとクルリがようやく眠たげな目をこちらに向けた。
「閃きだけかしら?」
「もっちろん!」
「面白くなるっていうのはどうして?」
「シキは俺がいない方が面白い展開になってることが多いからね」
「例えば?」
「六花と突然同居し始めたり、映画で尾行されて4人で遊ぶ事になったりだね」
俺が見てないところだと、六花と喧嘩別れしたのにショッピングモールで再開したり、家でラッキースケベが起きている。
「そう。なら今回も何かあるかもしれないわね」
「そうそう」
クルリは納得したように言葉を吐き出すと視線を前に戻した。
階段に差し当たり、2人で上に登っていく。
「ところで、あなたの閃きって一体、何がキッカケなのかしら?」
「……キッカケ?」
俺は思わずクルリの横顔を見る。
よく見れば、長いまつ毛が瞬きで揺れている。
「そうよ。瀬良くんから聞いたわ。ショッピングモールで2人を見かけた時って、あなたは閃きとか言ってたそうじゃない」
「おー、よく知ってるねー」
「だから、考えてみたのよ。今日のあなたは機嫌が良いわよね」
「んー、いつも機嫌良いぜ!」
「瀬良くんが言ってたわ。ショッピングモールでは映画の前売り券を買いに行ったってね。そして、機嫌が良かったそうね。今日みたいに」
「いつも何があっても機嫌は良いぜ!」
俺がいくらおちゃらけてもクルリは無視して話を続ける。茶化されても彼女はスルーする事に決めたらしい。
「今日、あなたは
「……」
彼女の眠たげな目がこちらを睨む。
今日は少し調子に乗り過ぎたようだ。
こうも分かりやすくなってしまったのか。
「その沈黙は肯定と捉えるわ」
「そうだね。大丈夫だよ」
「……映画の前売り券を買った時に機嫌が良かったのも七星さん。今日の朝一を置いていく程に機嫌が良いのも七星さんのおかげなのね」
つまらなそうに言葉を呟いたクルリは階段を先に登り切る。
そして、こちらを振り向いて俺を見た。
「ここまででいいわよ。おかげさまで色々と話せて楽しかったわ」
「……そっか。部活、頑張ってね」
「ええ。いつも通り頑張るわ」
俺は階段を登り切らずに立ち止まる。すると、クルリはこちらに背を向けて、廊下を歩き、音楽室の方へ向かった。
今日のクルリは機嫌が悪いような、素直な態度を取るような、不思議な様子だった。
歩いて行く小さな背中を見つめ、それが見えなくなると俺は階段を降り始めた。
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