第6話



 映画が始まったのか騒がしかった映画館の入り口が静かになる。

 まだしばらくはここでクルリとお喋りが続きそうだ。


「そういえば、クルリちゃんも昔に好きな人がいたって話してたよね。どんな男の子だったの?」


 俺は思い出すように訊ねるとクルリは難しそうな表情をする。


「どんな男の子と言われると難しいわね。普通の男の子だったかしら。でも、幼心に“結婚したい”なんて思ってたわよ」

「あら? クルリちゃんにもそんなに可愛らしい事を思ってたんだ」

「昔の話よ。私が小学校に入りたてぐらいの話だから」

「それでも意外だよ。恋愛に無頓着ってイメージが強かったから、乙女チックな思考はしないと思ってたよ」

「失礼ね。私も女の子よ。それにコハルの応援をするくらいに恋愛には関心あるわ」

「親友想いなのは分かるかな」


 俺がふざけたように笑うと、彼女はじとっとこちらを見た。


「私には恋をしているあなたの方が意外だったわよ」

「いやー、言われると照れますなぁー」

「照れているように聞こえないのよ」


 クルリは呆れたようにため息を吐き、頭を左右に振った。


 他人の色恋沙汰には興味がある。

 恋愛の噂や縁結びの噂などには関心がある。


「親友の色恋沙汰にあれこれしたくなるのは、俺もクルリちゃんも同じか。恋愛に全く無頓着なわけじゃないか」


 俺が小さく呟くと、クルリはこちらに視線を戻す。


「そうね。私もコハルみたいな一途な恋心には少し憧れるわ」

「おぉー。クルリちゃん、乙女だねぇー。恋しちゃいなよー。話聞くよ」

「遠慮するわ。あなたには相談しないから」


 クルリの辛辣な言葉にいつも通りの自分が戻ってきた気がする。

 そんな自分の変化になんだかホッとして、俺は肩の力が抜けた。




 そこからクルリは読書を始め、俺は暇になった時間をスマホをいじって過ごした。


 映画館の入り口が騒がしくなり、映画が終わったのだと分かると、俺は視線をそちらに向けて、シキ達が出てくるのを待ち始めた。


 そして、見慣れた姿の男女を見つけると思わず声が出た。


「……喧嘩してる」


 俺の視線の先には言い争いをしている様子のシキと六花の姿があった。


「なんで、見つかるのかしら」


 クルリのため息混じりの声が聞こえた。


 本当にその通りだ。

 尾行がバレてしまえば、シキと二階堂が付き合うキッカケがなくなってしまう。

 2人で出掛ける機会が増えれば、お互いに意識するだろうし、そういうキッカケになるとも思っている。


 シキと六花の後ろについて歩く二階堂と八千が楽しそうに笑う。

 言い争うシキと六花の姿が面白かったのだろう。きっと、くだらない言い争いをしているに違いない。


「楽しそうだね」

「ええ、そうね。まあ、デートにはならなかったみたいだけど、良いんじゃないかしら」


 クルリは遠目に彼らを見て、表情を柔らげた。


「お。んじゃ、俺らも混ざりますか!」

「嫌よ。帰るわ」


 クルリはいつもの眠たげな表情で俺を見る。


「えー、楽しそうだから混ざりたいじゃんかー」

「これからコハルと朝一が2人きりになるかもしれないじゃない。その時に私たちはおじゃま虫よ」

「そうかもしれないけどさー。帰る必要はなくない?」


 なんなら、俺はこのまま尾行を続けても良いと思っている。


「それもそうね。アイスでもあなたに奢って貰ってから帰ろうかしら」

「……あの、どうして?」

「私も何もせずにここから帰るのは嫌なのよ。なら、アイスの一つぐらい食べて帰りたいわ」

「俺の奢り?」

「そうね。男の子なら女の子にデザートぐらい良いんじゃないかしら?」


 クルリにしては少し横暴な物言いだ。

 それに、投げやりな気持ちもありそうだ。

 そして、彼女のわがままは初めて聞いたかもしれない。


「良いよ。アイス食べに行こう。尾行はやめるの?」

「もういいわ。たぶん、今日はコハル達も4人で行動するでしょ。帰って寝るわ」


 クルリは眠たげな目を擦る。


 おそらく、本音は1番最後の言葉だろう。

 意外とだらしない彼女に俺は思わず苦笑いした。

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