第5話
「そんな気張って聞いてもらうような話はないんだけどさ」
「別に気張ってないわよ」
クルリのじと目が俺を睨む。
彼女の真面目に聞こうとする姿勢がなくなり、俺は頬が緩む。
「俺に昔から好きな人がいたか聞いたのって、前に昔に好きな人がいたような話をしたからだよね?」
「ええ、そうよ」
勉強会の時、クルリの言葉に似たような事があると話したのを思い出す。
「なら、その通りだよ。俺はずっと昔から
誰にも言わなかった。
口にすれば、何か壊れてしまうような気がしたから。
「一体、いつからなの?」
クルリはじっと俺を見る。
少し意外だったのは彼女がこんなにも質問してくる事だった。
「物心ついた頃には既に好きだったよ。一緒にいようって、ずっと考えてた」
幼い頃の自分を思い出せば、シキとカリンの2人と遊ぶ事が大好きだった自分がいた。
小学校の帰り道にカリンを誘っても、いつからか一緒に帰らなくなった事を寂しく思った事も覚えている。
仕方ない。男の子と女の子なんだから。普通は別で遊ぶんだと諦めて、一緒にいるにはどうしたらいいか考えていた。
一緒に遊んで、彼女が楽しそうに笑えば、俺もつられて笑っていた。
そんな時間を過ごしたいと考えていた。
「きっかけは小学校に入る前かな」
そんな風にカリンを想うようになったとすれば、小学校よりも前だ。
今から思い出そうとしても上手く思い出せない。
「あやふやだけど、母親の田舎にカリンが遊びに来た時の話だ」
カリンが田舎に来た理由は覚えてない。
でも、田舎で
「カリンと日が暮れるまで遊んで、毎日泥だらけで帰ってた気がする。そんな時間の中で“ずっと一緒にいたい”って思ってた。楽しい時間が続けばいいって思ってた」
楽しい時間はずっとは続かない。
いつか終わりが来る。
俺はそれを感じ取っていた。
それは彼女も一緒だったのだろう。
あの神社の御神木の下で約束した事を忘れない。
「『ずっと一緒にいたい』って子供ながらに伝えたんだと思う」
小さな手を伸ばして、一生懸命に彼女を振り向かせて。
吹いた風が木の枝を揺らして、ざわめく音が今も忘れられない。
そんな刹那に彼女が嬉しそうに笑うのが分かった。
「カリンが頷いてくれて、『ずっと一緒にいよう』って言ってくれたんだ」
暑い夏の日。
日差しを避けて潜り込んだ御神木の下で、小さな手を伸ばして掴んだ彼女の手。
決して忘れられない幼い頃の大切な約束。
「でも、忘れられてたみたいだけどね。小学生の頃には自然とカリンとの間には距離が出来てたし、中学生になったらカリンには好きな人がいた」
ずっとなんて存在しない。
永遠はありえない。
人はどんな約束であってもいつかは忘れる。
当たり前のことだ。
誰にとっても同じ事が言える。
なのに、こんな恋心を今も引きずってしまっている。
「まあ、女々しいだけだよね。俺もカリンに好きな人がいる時点で諦めるべきなんだよ」
俺は大きく背伸びをして、ふざけたように笑う。
「なんともイタイ話を聞いてくれて、ありがとー。自分語りなんて初めてだよー」
クルリを見るが、彼女はじっと眠たげな目を俺に向けるだけだった。
俺が幼い頃のくだらない約束を今も引きずっている事にクルリは引いてしまっているのだろうか。
「あれだね。色恋沙汰は外から見ている方が楽しいね」
彼女がついに1つ息を吐き出すと、首を左右に振る。
「私から見たら、あなたの片想いも大概よ」
「あっははー。くだらない約束をねちっこく覚えちゃってるからね」
「別にそういうわけじゃないわ」
「……ん?」
「そういうロマンチックな話は別に嫌いじゃないわ。むしろ、素敵だと思うわよ」
変わらず眠たげな目を俺に向けるクルリ。
俺は必死に勘違いしないように言い訳を探す。
この話は決してロマンチックな話ではない。
1人の男が昔の約束をねちっこく覚えて、未練がましく幼なじみに片想いしている話だ。
片想いを拗らせて、諦める事をせずに、うじうじと近い距離で、どう一緒にいられるかを考えてしまっている男の醜い話だ。
だから、素敵だと言われるようなことではない。
「私はあなたの想いが叶うといいと思うわよ」
「……バカな」
「何よ?」
「バカなバカなバカな」
「一体なんなのよ」
「……クルリちゃんが優しいなんて、どうかしてしまっている」
「あなたは気でも狂ってるのね。少しは休みなさい。私は誰にだって優しいわよ」
「それを本気で言ってるなら、言葉遣いを考えた方がいいと思うよ」
クルリに背筋が凍ってしまいそうなほど冷たい視線で睨まれる。
思わず固まって萎縮してしまう。これでこそクルリだ。
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