第4話
映画が始まる前になったのか映画館の入り口は出入りが多くなる。
その様子をソファから遠目で確認するとクルリへ視線を戻した。
「クルリちゃんが尾行なんて珍しいよね。そんな事をするように見えなかった」
クルリは遠くを見ていた視線を俺に向ける。
「そう? でも、そうね。今日が初めてかもしれないわね」
「おぉ! そしたら俺がクルリちゃんの初めてをいただいちゃったんだね!」
「誤解を招きそうな発言はやめてちょうだい。そもそも、あなたが勝手について来るから仕方なくよ」
クルリは大きく息を吐いて、悩ましげに頭を左右に振った。
「コハルにとっても初めてのデートよ。だから、心配で付いてきたってだけよ。コハルにはいつでも連絡してくれれば、駆けつけるってメッセージを送ってるわ」
「そう……か。相変わらず初々しい2人だねぇー。シキもきっと、初めてのデートだと思うよ」
「そう。あなたも心配でついてきたの?」
「いや、全然。とても面白そうな気がしたから尾行してました!」
「やっぱり、あなたはゲスね」
クルリのじと目がこちらに向く。
相変わらずの毒舌は痺れるほどのストレートな言葉だった。
「どうもゲスです。語尾にゲスとか付けて話した方がいい?」
「勝手にしてちょうだい。付け始めたら私に近寄らないで」
「酷いでゲス」
「……」
クルリは無言でこちらを凄む。その迫力に思わず姿勢が整った。
ひとまず、話を変えてクルリの機嫌を窺ってみる。
「映画が終わるまで暇だし、お店でも見て回ってみる?」
お店を見て回ればクルリも楽しいだろうし、話題にもなってお互いに退屈しないはずだ。
「いいえ、行かないわ。あなただけで見てきて良いわよ」
「えー」
「私はここで本でも読んでるわ」
クルリは膝に置いたショルダーバッグから単行本を取り出す。
「そしたら、俺もここにいるよ」
「そう。勝手にすれば良いわ」
クルリは本を開き、しおりを挟んだページを探す。そして、見つけるとしおりを抜き取り、開いたページの端から読み始めた。
彼女は勝手にするから俺も勝手にしていいという事らしい。
退屈だからじっとクルリを見つめる。
文字を追う茶色の瞳は何かの宝石のように綺麗で、眼鏡の向こうにあっても、それが分かるほどである。
髪のケアもマメなのだろう。頭の後ろで一つに纏めてられた髪からは枝毛や切れ毛は目立たない。
Tシャツの袖口から伸びる白く細い腕も少し不健康に見えるが、きっと女の子ってこんな感じだと思わせる。
全体的に目立つような女の子ではないが、じっと見ると細かい事に気を配っていて、とても女の子らしい。
「何よ?」
彼女は顔をしかめてこちらを見た。
どうやらじっと見過ぎたようだ。
「いや、別に。見惚れてただけだよー」
「本当にいい加減ね。適当な事ばかり言っていると好きな子から呆れられるわよ」
「……あれ? 好きな子がいるって言ったっけ?」
クルリの言葉に心臓が跳ねた。
「なんとなくよ。勉強会の時に朝一の家にやってきた女の子なんでしょ?」
「……」
思わぬ言葉に言葉が出てこない。そういえば、あの日のクルリは俺に意外そうな視線を向けていた。
「いやー、どうだろうね」
「隠さなくてもいいわよ。あなたは見たことない表情だったから丸わかりよ」
「……そっか」
誤魔化そうにも無駄なようだ。
「私がたまたま見てしまっただけだから、誰も気が付いてないわよ」
「そっか。なら、良かった。クルリちゃんは言いふらさない気がするから安心だね」
「……誰にも言ってないの?」
「うん」
俺は幼なじみの
「その、悪かったわね」
「……?」
俺から目を逸らして謝るクルリに俺は首を傾げる。
「えーと、ごめんなさい」
「いや、謝ってるのは分かるんだけど、何についてだっけ? そんなことあったっけ?」
頭を下げるクルリに俺は焦る。
「あなたに人を思いやる気持ちがないと言って、好きな人がいないと言ったことよ」
「……勉強会の時のやつ?」
「そうよ」
言われてもみれば、そんなこともあった。
「いや、いいよ。気にしてないから。謝る必要ないって」
「私の気がすまなかったのよ」
「クルリちゃんは真面目だな」
そんなところは見た目通りの堅物さだ。
「あの声って同じ中学の
「……うん。そうだよ」
クルリも同じ中学なので彼女の存在は知っている。それでも声だけで誰なのかまでバレるとは思わなかった。
「あなたの昔から好きな子って七星さんなの?」
「……」
クルリは色々と話を繋ぎ合わせたのだろう。
ここまでバレてしまえば仕方がない。クルリには少しだけ昔話に付き合ってもらおう。
「ちょっとだけ長い話だけど聞いてもらってもいい?」
俺が訊ねると彼女は首を縦に振り、真剣な眼差しを俺に向けた。
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