第3話
周りには人があまりいない。
まだ映画の時間にはまだあるので、エスカレーターから映画館へ人通りは少ない。
向かいのソファに座るクルリは射抜くような視線をこちらへ向けている。
「2人が同居していることに否定はしないのね」
「否定も何も、どうしてそう思うのかは気になるけどね。考えるのは人の自由だから、なんて返せば良いか考えていたところかな」
「そう。なら、どうしてそう思うか、勝手に話させてもらうわ」
クルリはふっと息を吐き出して、いつものじと目をこちらに向けた。
「私が朝一と六花さんが同居していると思った根拠は3つよ」
クルリは指を3本立てると、そのうちの2本を下げる。
「1つ目。勉強会の待ち合わせ場所ではなく、朝一の家に彼女がいたこと。あなた以外に朝一の家を知らないはずなのに、彼女は知っていた。それどころか私たちと待ち合わせずに彼の家にいたからよ」
やはり、アレでバレたか。
シキと六花と迂闊さを考えれば、もはや気がついて当たり前だと思う。
クルリは指を1つ立てて、2本の指を立てた。
「次に勉強会での彼女の振る舞いよ。飲み物を運ぶのを手伝うと言ったり、トイレに行くと言って場所を聞かなかったり、六花さんは朝一の家の勝手を理解していたわ」
その行動もバレる要因だとは思っていた。
「あんなに広い家だから1度訪れただけでは普通は覚えられない。あなたでさえも、朝一にトイレの場所を覚えているか訊かれてたわ。なのに、六花さんには訊かなかった。これは朝一も“六花さんは知らないわけがない”と思っているからよ」
その着眼点はなかった。俺は全く意識してなかったので気が付かなかったが、言われてみると俺はシキにトイレの場所がわかるから訊かれていた。
そんな細かいところまで気がつくとは、クルリの観察力は侮れない。
クルリは3本目の指を立てた。
「最後に今日のデートを六花さんと八千さんが知っていたからよ」
自信ありげに言い切るクルリに俺は首を傾げた。
「それはどっちかがシキか二階堂に訊いたんじゃないか?」
「そうね。しかも、六花さんが朝一に聞いたんだと思っているわ」
「なら、別におかしな事は……」
「朝一が素直に教えるかしらね」
「……」
学校では隣同士に座り、言い合う姿をよく見かける。
だから、六花がシキに聞くとは思えないし、シキが素直に答えるとも思えない。
シキが六花に教える事は普通に考えればあり得ないわけだ。
「なら、二階堂に聞いたんじゃないの?」
「コハルは言わないわ。恥ずかしがって、口に出すのも緊張してたわ。それに私は教えられた時に“誰にも言ってない”と言われたわ」
「だから、二階堂じゃないってことなんだね」
「そうよ。そう考えると朝一に教えてもらったと考えられるわ」
二階堂が六花や八千に教える可能性がなくなり、シキが教えた可能性が高くなる。
「でも、そこから同居してる根拠にするのは話が飛躍してない?」
「そうね。でも、考えてみてほしいの。彼らが話す時に私たちは後ろにいるのよ。あの様子で教室外でそんな話をするとは考えにくいわ」
「たしかにそうだな。なら、教室外で話す機会がある。それが帰り道や家になるって考えると、同居している可能性が出てくるわけだね」
「そうよ。八千さんは朝一と2人で話すほど仲が良いわけでないと知っているから、あり得るなら六花さんが聞いた可能性だけよ」
クルリの考え方は自然的だった。同居までの考察は少し飛躍しているが、それはこの間の勉強会を考慮した結果だろう。
これで外していればクルリは大恥をかいただろう。しかし、クルリの突飛な予想は外れていない。シキのラブコメ主人公補正のせいで当たってしまっているのだ。
シキと六花について話そうか迷っていると、クルリは何でもないように話し始めた。
「まあ、ここまで話した事は適当な事を並べただけよ」
「はい?」
クルリは手を下ろすと得意げに微笑む。
「意外とマヌケな声が聞けて愉快だわ」
「どういうこと?」
クルリは咳払いを一つする。
「単純な話よ。勉強会の時にトイレを探して迷子だった時に六花さんと朝一が“一緒に暮らしているのがバレないように”って話している声を聞いたのよ」
「……」
思いっきりバレることをシキと六花は話していたようだ。それ聞いてしまえば、バレるなんて当たり前だ。
しかし、なんでクルリはこの話を嘘をついてまで話したのだろうか。
俺は不思議に思うことがあって首を傾げる。
「なんで、俺にそんな話をしたの?」
「反応を見たかったのよ」
「反応?」
「そう。あなたの隠し事が暴かれる反応を見て、嘲笑いたかったの」
「えー。クルリちゃん性格捻じ曲がってるよ」
「知っているわ。思ったよりも反応が無かったからつまらなかったわよ」
クルリはいつもの眠たげな目をこちらに向けて、足を組んだ。
この子はものすごく捻くれている。
「でも、本当の事を言った時のマヌケな声は良かったわよ」
「それ言われても嬉しくないんだよなぁー」
クルリは口角を上げて、こちらを見る。
こういう時の方がクルリは笑顔なことが多い。
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